知財判例データベース 特許発明と確認対象発明における課題解決原理及び作用効果が同一であるとして、均等侵害を認めた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、上告人(特許権者) vs 被告、被上告人(確認対象発明の実施者)
事件番号
2022フ10722権利範囲確認(特)
言い渡し日
2026年01月29日
事件の経過
原審判決破棄及び差戻し

概要

 均等侵害の要件のうち「課題解決原理及び作用効果の同一性」について、その判断の前提となる「先行技術では解決されていなかった課題で当該特許発明だけが解決した技術思想の核心」が何であるかを判断するのにおいて、特許法院が、特許明細書に明示的に記載された事項に基づいて技術思想の核心を判断して均等侵害を否定した判決を破棄し、より幅広く技術思想の核心を判断して均等侵害を認めた。

事実関係

 原告の本件特許発明は、ヒトの顔面に着用するマスクに関するものである。

この図は、本特許明細書に記載された従来技術の図を抜粋したもので、人の顔面に着用するマスクの構成を示しています。

<本件特許明細書に記載された従来技術、本件特許の図7>


 従来のマスクは、(i)耳に掛ける掛け紐(121,122)をマスク本体(110)に結合する構造(114,115)と、(ii)掛け紐(121,122)の長さを調節する構造(112,113)とが互いに「別個に」構成されているため、構造が複雑であるという問題があり、この問題を解決することが本件特許発明の課題である旨が本件明細書に記載されている。

 本件特許発明は、掛け紐(21,22)がマスク本体(10)側の複数の密着孔部(12,13,14,15)を通過して結合され、上側密着孔部(12,14)と下側密着孔部(13,15)との間には掛け紐が露出する紐引き離隔空間が存在する。

この図は、本件特許発明のマスクの構成を示したもので、本特許明細書に記載された2つの図を抜粋したものです。このうち左の図はマスク本体に掛け紐が結合されたもので、右の図はマスク本体に掛け紐を結合する途中の過程を示しています。

<本件特許発明、本件特許の図1及び図7>


 マスク本体(10)は、大きく中央覆い部(11a)、上部覆い部(11b)、下部覆い部(11c)からなる。上側密着孔部(12,14)は上部覆い部(11b)から一体に延びて形成され、下側密着孔部(13,15)は下部覆い部(11c)から一体に延びて形成されている。
 一方、本件で提示された先行発明の一つには、以下のように、(本件特許発明と同様に)掛け紐の一部を露出させ(下記の凹溝7)、当該露出部分を引っ張ることにより掛け紐の長さを調節する構造が開示されている。

この図は、先行発明2の構成を示した図で、フィルターに掛け紐を結合させる3段階の工程を示しています。

<先行発明2>


 これに対し、被告が実施する確認対象発明は、(本件特許発明と同様に)掛け紐の長さを調節できるよう、掛け紐が露出する紐引き離隔空間(1900a)を備えている。

この図は、確認対象発明のマスクの構成を示した3つの図で、それぞれマスク全体の正面図、マスク本体に掛け紐が結合された部分の図、掛け紐の長さを調節した図を示しています。

<確認対象発明>


 ただし、掛け紐が通過する上・下部密着孔部(1200,1300)がいずれも中央覆い部(1100a)に形成されているという点において、本件特許発明(上部密着孔部は上部覆い部に形成され、下部密着孔部は下部覆い部に形成される)と相違している。

特許審判院の審決及び特許法院の判決(いずれも均等侵害を否定)
 本件明細書に記載された本件特許発明の核心的特徴、すなわち「掛け紐をマスク本体に結合する構造と、掛け紐の長さを調節する構造を一つに統合すること」は、先行発明2による公知技術であるため、これは本件特許発明が解決した特有の技術的課題であるとはいえない。そうだとすれば、均等侵害の成否(すなわち作用効果の同一性)を判断するにおいては均等の成否が問題となる構成要素の個別の機能や役割等を比較して判断しなければならないが、確認対象発明は、本件特許発明とは異なり、中央覆い部の左右両側を一体に延ばして中間に切り込み部を形成してマスクが製造されることから、本件特許発明に比べて製造工程が簡素であるという効果を有する点で、本件特許発明と作用効果の面で実質的に同一であるとはいえない。したがって、確認対象発明は本件特許発明の均等範囲に属しない。

判決内容

大法院判決(均等侵害を認定)
 特許発明と対比される確認対象発明が特許発明の権利範囲に属しているといえるためには、特許発明の請求の範囲に記載された各構成要素やその構成要素間の有機的結合関係が確認対象発明にそのまま含まれていなければならない。確認対象発明に特許発明の請求の範囲に記載された構成のうち変更された部分がある場合であっても、特許発明と課題解決原理が同一で、実質的に同一の作用効果を奏し、そのような変更が当業者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度であれば、特段の事情がない限り、確認対象発明は特許発明の請求の範囲に記載された構成と均等なものとして依然として特許発明の権利範囲に属すると解すべきである。

 確認対象発明と特許発明の「課題解決原理が同一であるか」を判断する際には、請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書に記載された発明に関する説明や出願当時の公知技術等を参酌し、先行技術と対比した上で、特許発明に特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心が何であるかを実質的に探求して判断しなければならない(大法院2014年7月24日言渡2012フ1132判決参照)。特許法が保護しようとする特許発明の実質的価値は、先行技術において解決されていなかった技術的課題を特許発明が解決して技術発展に寄与したという点にあるため、確認対象発明の変更された構成要素が特許発明の対応する構成要素と均等であるかを判断する際にも特許発明に特有の課題解決原理を考慮すべきである(大法院2019年1月31日言渡2017フ424判決等参照)。
 先行技術において解決されていなかった技術的課題で特許発明が解決した課題を確認対象発明も解決しているのであれば、原則として、確認対象発明の作用効果と特許発明の作用効果は実質的に同一であるといえる(大法院2019年2月14日言渡2015フ2327判決、大法院2022年1月14日言渡2021フ10589判決等参照)。ただし、特許発明が解決した技術的課題が先行技術においても解決されていた課題にすぎない場合には、確認対象発明と特許発明において均等の成否が問題となる構成要素の個別の機能や役割等を比較して、作用効果が実質的に同一であるかを判断しなければならない(大法院2019年1月31日言渡2018ダ267252判決等参照)。

 本件特許発明の出願当時に公知であった先行発明2には、圧着部の中間に凹溝を形成し、当該凹溝を通じて掛け紐を引き出すことにより掛け紐の長さを調整する構成が開示されている。しかし、先行発明2をはじめとして原審において提出された先行技術文献の記載に照らしても、先行技術においてマスクの複雑な構造を簡素化するために本件特許発明の密着孔部をマスク本体に一体に延長形成させる構成を解決手段として提示していたとは認め難い。
 つまり、先行技術において解決されていなかった技術的課題を本件特許発明が解決して技術の発展に寄与したといえる部分は、構造が簡素で初期の着用状態を安定的に維持するマスクを提供するという技術的課題を解決するために、「マスク本体から一体に延びて形成される上・下部密着孔部を構成し、ここに掛け紐を通過させて結合する構成」をその特有の解決手段として提示したという点にある。
 これに対し、確認対象発明は、本件特許発明に比較して原審判示のような相違点があるが、確認対象発明も「マスク本体から一体に延びて形成される上・下部孔部を構成し、ここに掛け紐を通過させて結合する構成」を有しており、これにより確認対象発明は、掛け紐を覆い部に結合する構造と掛け紐の長さを調節する構造とが統合されてマスクの構造が簡素化され、マスクの初期の着用状態を安定的に維持することができる。
 したがって、確認対象発明は、本件特許発明と課題解決原理が同一であり、先行技術において解決されていなかった技術的課題で本件特許発明が解決した課題を解決していることから、原則として、本件特許発明と作用効果が実質的に同一である。確認対象発明に原審判示のような作用効果、すなわち密着孔部の製造工程がより簡素化される等の効果があるとしても、これは一般に広く用いられる技術手段を採用したことに伴う付随的な効果に過ぎないものと認められ、確認対象発明が本件特許発明の作用効果以外に上記のような付随的な効果を発揮するという事情だけでは、実質的な作用効果に差があるとは認められない。

専門家からのアドバイス

 本大法院判決で説示されている均等侵害の判断法理は、従前の法理を変更するものではなく新たな法理ではない。過去に大法院は、均等侵害の第1要件(課題解決原理の同一性)と第2要件(作用効果の同一性)の判断方法、ならびに両要件の関係について2019年1月31日付で2つの重要な判決(2018ダ267252、2017フ424)を出している。これらの判決によれば、第1要件でいう課題解決原理とは「先行技術においては解決されていなかった課題で当該特許発明だけが解決した技術思想の核心」であって、課題解決原理が同一であれば作用効果も同一であると判示している(2017フ424判決)。一方、課題解決原理の同一性が認められない場合には作用効果の同一性も否定されやすいという判示も下している(2018ダ267252判決)。さらに課題解決原理の判断法理については、それ以前の大法院2014年7月24日言渡2012フ1132判決で説示され、この判決の法理は本判決でも引用されており、その趣旨は、明細書の記載と出願当時の公知技術等を参酌して技術思想の核心を実質的に探究すべきというものである。
 こうした法理に基づいて本件の事実関係を判断すると、明細書から把握される本件特許発明の最も重要な特徴は「掛け紐をマスクの側面に形成された2つの孔に通過させ、2つの孔の間に露出する掛け紐の部分を引っ張ることで掛け紐の長さを調節できるようにした構成」である点であり、それが先行発明2によって既に公知となった構成であるという点については明らかであったといえる。特許法院と特許審判院はこうした点に重きを置いて本件特許発明の課題解決原理を認定し、その結果、確認対象発明は本件特許発明の均等範囲に属さないという結論に至った。これに対し、大法院は、(本件明細書に明示的に記載されている本件特許発明の主な特徴以外に)本件特許発明と先行発明2との間の客観的な構成の違い(すなわち、マスク側面に2つの孔を形成するとき、マスク本体から一体に延ばして形成するか、あるいは別個の部材を付け加えて形成するかという違い)に注目し、この違いに相当する部分を本件特許発明の課題解決原理と認定したうえで、かかる課題解決原理は確認対象発明と共通するため均等範囲に属するとの結論に至った。
 本判決は、均等侵害判断の前提要件である「当該特許明細書の記載と公知技術を参酌して、その特許発明特有の課題解決原理が何であるか」を判断するための具体的方法を判示したものとして、実務に影響を及ぼすものと評価できる。具体的には、特許明細書において従来技術と区別される発明の核心的特徴が明示的に記載されていたとしても、必ずしもその内容だけが課題解決原理として認められるわけではなく、実際の紛争において新たに提出された先行技術の構成に対し、当該特許請求の範囲に記載された構成の客観的な違いに基づいて課題解決原理を類推することも可能であることを示唆している。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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