知財判例データベース 対象疾病並びに投与用法及び投与用量により限定された医薬用途発明において、別の疾病の試験データを開示した先行発明等により進歩性が否定されると判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2024ホ14162拒絶決定(特)
言い渡し日
2025年06月19日
事件の経過
確定(上告審理不続行棄却)

概要

出願発明は、既にクローン病治療剤として許可されていた抗-IL-12/IL-23p40抗体物質を、ウステキヌマブの中等度ないし重度に活動性である潰瘍性結腸炎に用いる医薬用途発明であって、さらに特定の投与用法及び投与用量を追加で限定している。先行文献は、潰瘍性大腸炎を含むIL-23媒介された疾患の治療方法に関するものであり、クローン病患者を対象に抗-IL-23抗体物質であるMEDI2070を投与し、その効能を評価した試験データを開示している。特許法院は、先行文献の開示と出願発明の優先日当時の技術常識を総合し、出願発明の医薬用途を容易に導き出すことができ、投与用法及び投与用量による出願発明の効果も通常の技術者が予測できない顕著な又は異質的な効果ではないことを理由として、出願発明の進歩性を否定した。

事実関係

原告は、発明の名称を「抗-IL12/IL-23抗体により潰瘍性結腸炎を治療する安全で効果的な方法」とする発明について特許出願をした。これに対して知識財産処の審査官は進歩性の欠如を理由として拒絶決定をし、原告は拒絶決定不服審判を請求したが、特許審判院は原告の審判請求を棄却する審決をした。これに対し、原告は特許法院に審決取消訴訟を提起した。

先行発明1は、韓国公開特許公報(第10-2018-0096633号)に掲載された「IL23-拮抗剤に対する臨床的反応の予測因子としてのCCL20」を名称とする発明である。なお、臨床三相試験の統計分析計画書が先行発明2として提示されたが、本件出願発明の優先日前に公開されていることが認められず、先行発明としての適格性が否定された。

本件出願の請求項1と先行発明1とを対比すると、下記のとおりである。

構成 本件請求項1の発明 先行発明1
1 中等度ないし重度に活動性である潰瘍性結腸炎(UC)の治療を必要とするヒト対象体において上記潰瘍性結腸炎を治療するのに使用するための薬剤学的組成物であって、 IL-23媒介疾患を治療する方法を提供し、上記疾患として潰瘍性大腸炎を含むことを開示
2 抗-IL-12/IL-23p40抗体を含み、ここで上記抗体が配列番号7のアミノ酸配列の重鎖可変領域及び配列番号8のアミノ酸配列の軽鎖可変領域を含み、 - ウステキヌマブ(配列番号19の重鎖、配列番号20の軽鎖);MEDI2070(brazikumab)、
- 抗-IL12/23p40抗体を開示
3 ここで上記薬剤学的組成物が(1)上記治療週数0において対象体の体重当たり60mg/kgの投与量で上記抗体を上記対象体に静脈内投与する段階、(2)その次に上記治療週数8において投与当たり90mgの投与量で上記抗体を上記対象体に皮下投与し、治療週数8以後に毎8週又は毎12週ごとに維持する段階を含む方法に使用され、 MEDI2070を0週及び4週に700mg静脈投与、12週~112週の間、4週ごとに210mg皮下投与を開示
4 ここで上記対象体が上記抗体による上記治療に対する反応者であり、a.週数0後、少なくとも44週にも続けられる内視鏡的治癒を有するものと確認されること、b.週数0後、少なくとも44週にも続けられるメイヨー(Mayo)内視鏡下位点数に基づいた臨床反応を達成するものと確認されること、c.週数0後、少なくとも44週にも続けられる炎症性腸疾病質問(IBDQ)点数の基底線からの変化を有するものと確認されること、d.週数0後、少なくとも44週にも続けられる粘膜治癒を有するものと確認されること、e.週数0後、少なくとも44週にも続けられるメイヨースコア(Mayo score)の基底線からの減少を有するものと確認されること、f.週数0後、少なくとも44週にも続けられるC-反応性蛋白質、大便ラクトフェリン及び大便カルプロテクチンからなる群から選択される1つ以上のバイオマーカーの正常化(normalization)を有するものと確認されること、g.週数0後、少なくとも44週にも続けられるメイヨースコアの基底線から30%以上及び3点以上の減少及び直腸出血下位点数(rectal bleeding subscore)の基底線から1点以上の減少又は0又は1の直腸出血下位点数により決定される臨床反応があること、により構成される群から選択される1つ以上である、薬剤学的組成物。 - 重症CDを有する対象体におけるIBDQによる炎症性腸疾患(IBD)の治療効能評価
- C-反応性蛋白質(CRP)、カルプロテクチン、ラクトフェリン等をIL-23媒介された疾患又は障害と連関したバイオマーカーとして開示
- C-反応性蛋白質(CRP)及び/又は糞便カルプロテクチン(FCP)は、CD又はUCを含む炎症性腸疾患のバイオマーカーとして使用されることを開示

原告は、①先行発明1には、クローン病患者を対象としてMEDI2070を投与し、その効能を評価した試験データが開示されているが、通常の技術者は、このことから対象疾患及び医薬物質が相違する潰瘍性結腸炎に対するウステキヌマブの効能を予測できず、②先行発明1は、ウステキヌマブを含むIL-23拮抗剤が潰瘍性結腸炎を含むIL-23媒介疾患を治療する方法を提案しているが、そのうち失敗した治療法もあるため、通常の技術者は、先行発明1に開示された内容が他の治療法の効能を予測するにおいて価値が低いと認識する点を挙げ、出願発明の進歩性が否定されないことを主張した。

判決内容

特許法院は、まず関連法理として下記を提示した。
医薬用途発明においては、通常の技術者が先行発明から特定物質の特定疾病に対する治療効果を容易に予測できる程度に過ぎない場合はその進歩性が否定され、この場合、先行発明において臨床試験等による治療効果が確認されることまで要求されるものではない(大法院2019年1月31日言渡2016フ502判決)。しかし、先行発明が単純な宣言的陳述に過ぎないとか、又は漠然とした期待若しくは可能性を提示するというだけでは不十分であり、先行発明に特定疾病の発生機作とこれに対応する予防及び治療原理、特定物質の科学的、技術的、機能的特性と、そのような物質の特性と疾病の発生及び治療原理との関連性等が含まれて、特定物質の特定疾病に対する治療効果を合理的に予測できる程度に至らなければならない。医薬の開発過程においては、薬効増大及び効率的な投与方法等の技術的課題を解決するために適切な投与用法と投与用量を見出そうとする努力が通常行われているため、特定の投与用法と投与用量に関する用途発明の進歩性が否定されないためには、出願当時の技術水準や公知技術等に鑑みて通常の技術者が予測できない顕著な又は異質的な効果が認められなければならない(大法院2017年8月29日言渡2014フ2702判決)。

その上で特許法院は、上記構成要素1及び4において、先行発明1はウステキヌマブを中等度ないし重度に活動性である潰瘍性結腸炎患者に投与したとき、特定疾病活性度の指標により確認される臨床的効果を明示的に開示していない差異点1と、上記構成要素3の潰瘍性結腸炎患者を対象としたウステキヌマブの具体的な投与用法及び投与用量に関する差異点2について判断した。

特許法院は、差異点1(ウステキヌマブの潰瘍性結腸炎に対する治療効果)について、先行発明1の記載及び技術常識等を総合して先行発明1に記載されたMEDI2070のクローン病に対する臨床効能データを根拠とし、それと同一のIL-23経路を標的とするウステキヌマブも潰瘍性結腸炎に対して臨床的治療効果を有することを十分に予測できると判断した。具体的な判断根拠は、下記のとおりである。

① 先行発明1には、IL-23拮抗剤を利用したIL-23媒介疾患の治療方法が開示されており(請求項1)、その具体的な拮抗剤としてウステキヌマブが提示され(請求項9、11)、治療対象疾患として潰瘍性結腸炎が明示されており(請求項24、25)、先行発明1には、ウステキヌマブが潰瘍性結腸炎の治療に使用される医薬用途が請求項水準で明示的に開示されているとするのが妥当である。

② 本件出願発明の優先日当時の関連技術常識として、優先日前の論文の抄録及びポスターにより開示されたOchsenkuhnの研究等によると、従来の治療(プリン類似体、抗-TNF抗体、抗-インテグリン製剤等)に反応しない又は耐薬性が不足する潰瘍性結腸炎患者らを対象として、出願発明と同一の用法及び用量のウステキヌマブを治療剤として投与した効果を分析した後方視的研究において治療効果が確認され、南アフリカの医学ジャーナル及びカナダの保健医薬技術評価院の報告書においてウステキヌマブのオフラベル適応症として潰瘍性結腸炎が提示されており、請求項に記載されたメイヨースコア等は、潰瘍性結腸炎の治療効果を評価するための疾病活性度の指標として出願発明の優先日当時、すでに広く使用されていたものである。

③ 先行発明1は、「IL-23が、潰瘍性結腸炎とクローン病を含むIL-23媒介炎症性腸疾患の共通した病因として作用する点」及び「ウステキヌマブを含むIL-23拮抗剤を投与してIL-23を抑制することにより当該疾患を治療する作用機作」を開示しており、その他種々の文献によると、出願発明の優先日当時、「IL-23」が潰瘍性結腸炎及びクローン病を含むIL-23媒介炎症性腸疾患の発病に共通して関与することと、「IL-23拮抗剤」を投与してIL-23を抑制することにより当該疾患を治療することができる治療機作が広く知られていた。

④ 出願発明の優先日当時、同一の炎症経路を標的とするIL-23拮抗剤であるMEDI20701がクローン病に対して臨床的効能を示す点、優先日前からIL-23/Th17経路がクローン病と潰瘍性結腸炎の発病に共通して関与する核心的な経路であることを通常の技術者が認識していた点、ウステキヌマブは、出願発明の優先日当時、すでにクローン病治療剤として品目許可を受けて臨床的有効性が確認されていた点等を考慮すると、ウステキヌマブの潰瘍性結腸炎に対する治療効果を容易に予測できたと判断される。

また、特許法院は、差異点2(投与用法及び投与用量の容易導出の可能性)についても、通常の技術者は先行発明1と技術常識から構成要素3において限定したウステキヌマブの投与用法及び用量を容易に導き出すことができると判断した。具体的には、出願発明の優先日前にウェブサイト「ClinicalTrials.gov」を通じて公開された臨床試験プロトコル及び臨床試験の概要として、出願発明と同一の用法及び用量でウステキヌマブを中等度ないし重度に活動性である潰瘍性結腸炎患者に投与する臨床試験の設計が含まれていた点、及び、Ochsenkuhnの研究論文の抄録にも従来の治療剤に反応しない又は不耐薬性を示す潰瘍性結腸炎患者らに出願発明と同一の用法及び用量でウステキヌマブを投与した結果、1、3、6カ月時点で患者の65%が臨床寛解に到達した研究結果が含まれている点を総合してみると、ウステキヌマブの投与用法及び用量による出願発明の効果は、優先日当時の技術常識等に鑑みて、先行発明1に比較して通常の技術者が予測できない顕著な又は異質的な効果であるとはいい難いと判断した。

専門家からのアドバイス

医薬用途発明(対象疾病、投与用法及び投与用量を限定した発明を含む)の進歩性判断においては、先行発明に医薬用途と治療可能な疾患が開示されているのみで具体的なデータが開示されていない場合も考えられるが、先行発明としてどの程度の開示が求められるであろうか。これについて本件の事例では、先行発明は出願発明の医薬用途である潰瘍性結腸炎についてIL23-拮抗剤により治療可能な疾患として言及しているに過ぎず具体的なデータの開示はなかったが、当該先行発明に基づき出願発明の進歩性が否定されている。
具体的に特許法院は、先行発明がどの程度の内容まで開示していなければならないかに関する一般法理として「先行発明が単純な宣言的陳述に過ぎないとか、又は漠然とした期待若しくは可能性を提示するというだけでは不十分であり、先行発明に特定疾病の発生機作とこれに対応する予防及び治療原理、特定物質の科学的、技術的、機能的特性と、そのような物質の特性と疾病の発生及び治療原理との関連性等が含まれて、特定物質の特定疾病に対する治療効果を合理的に予測できる程度に至らなければならない」と判示している。
かかる法理に基づき特許法院は、先行発明に出願発明と同一の機作を有する物質のクローン病治療効果のデータが記載されていたこと、及び、出願発明の優先日当時の技術常識に関する文献に基づき出願発明の医薬用途が容易に予測でき、出願発明の投与用法及び投与用量における顕著な又は異質的な効果が認められないことを理由として、出願発明の進歩性を否定した。韓国における医薬用途発明の具体的な進歩性判断事例として参考になる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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