知財判例データベース 権利対権利の積極的権利範囲確認審判において確認の利益の有無についての審理が尽くされていないとして特許法院判決を破棄した事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告、被上告人(特許権者、権利範囲確認審判請求人) vs 被告、上告人(権利範囲確認審判被請求人)
- 事件番号
- 2024フ10436権利範囲確認(特)
- 言い渡し日
- 2025年09月11日
- 事件の経過
- 原審判決破棄、特許法院に差戻し
概要
積極的権利範囲確認審判において、審判請求人が提出した確認対象発明が十分に特定されており、かつ被審判請求人が実施していると判断して確認の利益を認めた特許法院の判断を大法院は支持したが、権利対権利の積極的権利範囲確認審判の適法性について特許法院が職権で審理していないこと理由に特許法院判決を破棄した。
事実関係
高層アパートのように同一パターンの構造物が上下に繰り返される建物を建てる際、外壁用型枠(formwork:コンクリートを注ぎ込むために組み立てた枠組み)と作業用足場とを一体化して製作したギャングフォーム(gang form)が用いられる。原告の本件特許発明は、建設現場でこのようなギャングフォームの設置及び解体作業を支援する「ギャングフォームガイド部材」に関するものである。原告は、被告が実施する確認対象発明が原告の本件特許発明の請求項1の権利範囲に属する旨の確認を求める審判を請求した。これに対し被告は、確認対象発明を実施していないこと、確認対象発明が十分に特定されていないこと、及び、被告が実際に実施している発明は被告所有の後登録特許発明と同一のものであること等を主張した。
特許審判院の審決:審判請求却下
(1)被告が確認対象発明を実施しているか
確認対象発明では型枠の水平方向移動がクレーンによってなされるが、被告の実施主張発明では手作業でなされるという点で差がある。したがって、被告は確認対象発明を実施していない。
(2)確認対象発明が特定されているか
本件請求項1の発明は、ギャングフォームの上昇と(外壁面からの)離隔が同時になされる構成が特定されているが、確認対象発明は上昇と離隔が同時になされるか否かが明確に特定されていない。したがって、確認対象発明は、本件請求項1の発明と対比できる程度に特定されていない。
したがって、残りの争点についてさらに詳察する必要なく、本件審判請求は不適法により却下する。
特許法院判決:特許審判院の審決を取消
(1)被告が確認対象発明を実施しているか
物の発明は原則的に物の構成を記載する方式で特定するものであり、その物を使用する方法が記載されているとしても、その使用方法が特に物の構造や性質等を限定する要素でない限り、発明の同一性の判断に考慮すべきではない。原告が特定した確認対象発明と被告の実施主張発明は、物としての基本的構造が同じである。型枠の水平移動がクレーンの牽引力によってなされるか、あるいは手作業でなされるかは、物自体の構造や性質等に影響を及ぼす要素ではない。被告の実施主張発明は、型枠の水平移動が(手作業によらず)クレーンの牽引力によってなされることを根本的に不可能とする構造を有するものではない。したがって、被告は確認対象発明を実施している。
(2)確認対象発明が特定されているか
原告が提出した確認対象発明の説明書には、物として確認対象発明の構造と性質を特定するのに役立たない又は妨害となる記載が一部あるといえるが、その内容を原告が一緒に提出した図面と一体として把握して総合的に考慮すると、確認対象発明が本件請求項1の発明の権利範囲に属するかを判断することができないほどのものではない。ギャングフォームの上昇と離隔が同時になされるかは確認対象発明の構造や性質等に影響を及ぼす要素ではないだけでなく、確認対象発明の説明書と図面を全体的に見れば、ギャングフォームの上昇と離隔が同時に起こることを前提としているということが分かる。
したがって、被告は確認対象発明を実施していると認められ、確認対象発明は適法に特定されている。これと異なる結論を下した審決は違法であるので取り消す。
判決内容
大法院判決:原審破棄及び差戻し
(1)被告が確認対象発明を実施しているか
特許権者が審判を請求する確認対象発明は特許権の権利範囲に属するという内容の積極的権利範囲確認審判を請求した場合、審判請求人が特定した確認対象発明と被審判請求人が実施している発明との間に同一性が認められないのであれば、確認対象発明が特許権の権利範囲に属する旨の審決が確定したとしても、その審決は審判請求人が特定した確認対象発明に対してのみ効力を及ぼすだけで、実際に被審判請求人が実施している発明に対しては何の効力もない。このように、被審判請求人が実施していない発明を対象とした積極的権利範囲確認審判請求は、確認の利益がないため不適法で却下されるべきである。確認対象発明と被審判請求人が実施している発明の同一性は、被審判請求人が確認対象発明を実施しているか否かという事実確定に関するもので、これらの発明が事実的観点から同じであると認められる場合には、その同一性を認めることができる。原審の判決理由と原審が適法に採択して調べた証拠等により把握される事情を上記法理に照らして詳察すると、確認対象発明と被告が実施している発明は事実的観点から同じであるということができ、その同一性が認められる。
(2)確認対象発明が特定されているか
特許権の権利範囲確認審判を請求するとき、審判請求の対象となる確認対象発明の技術内容は、当該特許発明と互いに対比することができる程度に具体的に特定されなければならない。しかし、その特定のために対象物の具体的な構成を全部記載する必要はなく、特許発明の構成要素に対応する部分の具体的な構成を記載すればよい。また、その具体的な構成の記載も、特許発明の構成要素と対比して、その差異点を判断するのに必要な程度であれば十分である。原審の判決理由を上記法理に照らして詳察すると、本件確認対象発明が本件請求項1の発明の権利範囲に属するか否かを判断できる程度に特定されたと判断した原審の結論は正当である。
(3)権利対権利の積極的権利範囲確認審判請求の適法性に関する職権判断
先登録特許権者が後登録特許権者を相手取って、後登録特許発明を確認対象発明として先登録特許権の権利範囲に属する旨の確認を求める積極的権利範囲確認審判請求は、登録無効の手続以外によって登録された権利の効力を否認する結果になって確認の利益が認められないため、原則的に不適法である。ただし、例外的に2つの発明が特許法第98条で規定する利用関係にあり、確認対象発明の登録の効力を否定することなく権利範囲の確認を求めることができる場合には、こうした権利対権利の積極的権利範囲確認審判の請求が許容される。一方、権利範囲確認審判で確認の利益の有無は審判請求の適法要件に関するものであり職権調査事項であるため、法院は、その判断の基礎資料である事実と証拠を職権で探索する義務まではないとしても、既に提出された資料によってその確認の利益があるか否かについて疑問を抱くだけの事情が認められる場合には、相手方がこれを具体的に指摘して争わないとしても、これについて審理・調査する義務がある。
本件審判請求が権利対権利の積極的権利範囲確認審判請求に該当する場合、本件確認対象発明が先登録特許発明である本件請求項1の発明と利用関係にないのであれば、本件審判請求は、その確認の利益が認められず不適法であると判断する素地がある。原審では釈明権を適宜行使することにより、先登録特許権者である原告は被告の後登録特許発明の具体的な実施形態を審判の対象である本件確認対象発明としたのかについて、また本件確認対象発明が本件請求項1の発明と利用関係にあるか等について、当事者らの主張・証明を促した後、そうした当事者らの主張・証明に基づいて本件審判請求が確認の利益があるか否かを判断すべきであった。このような必要な審理を尽くさなかった原審の判断は、判決に影響を及ぼした誤りがある。
専門家からのアドバイス
韓国の権利範囲確認審判では、審判請求による確認の利益の存否が問題とされることがある。
特に本件で問題となったような権利対権利の積極的権利範囲確認審判においては、特許発明と確認対象発明とが利用関係ではない以上は、確認の利益がなく、不適法であるという法理は以前から存在していた(大法院2016.4.28言渡2013フ2965判決等)。具体的には、審判請求人が被請求人実施の確認対象発明が審判請求人の特許の権利範囲に属する旨の確認を求める審判において、被請求人が実施する確認対象発明は被請求人所有の特許発明に該当するという主張をなされた場合、特許審判院は、(1)確認対象発明が被請求人の特許発明と実質的に同一か否かを判断し、(2)(もし同一であれば)確認対象発明は特許発明の技術的構成に加えて追加の構成要素をさらに含んでいるか、すなわち利用関係にあるかを判断し、もし利用関係にない場合には権利対権利の積極的権利範囲確認審判に該当するため、審判請求を却下するのが現在の特許審判院の実務である。
本件において大法院は、既に提出された資料(審決文に被請求人の主張の要旨の1つとして「権利対権利の積極的権利範囲確認審判」という記載がある[1] )によって確認の利益があるか疑問を抱くだけの事情が認められるならば、(たとえ特許法院段階では争点とされなかったとしても )特許法院では当該争点を職権で審理・判断すべきであったところ、これを特許法院がしなかったという理由により特許法院判決を破棄した。
従来、権利対権利の積極的権利範囲確認審判に該当するか否かという争点に関しては、審判又は審決取消訴訟の段階で被請求人側が「被請求人の実施発明は被請求人の特定特許発明と同一である」旨の主張をした場合に初めて審理されるのが一般的であった。これに対し、本件大法院判決は、特許法院は、被請求人がそのような主張を明示的にしなかったとしても、提出された審決文等の資料を通じて特許法院がそのような事情を認識できるのであれば、職権で審理・判断しなければならないことを明確にしており、この点で本件判決の意義があるといえる。
加えて、本件で大法院は、特許審判院及び特許法院において両当事者が争った2つの争点(被告の確認対象発明実施と確認対象発明の特定)に関し、特許審判院ではなく特許法院の判断を両争点とも支持したという点にも注目する必要がある。特に特許法院は、物の発明に係る権利範囲確認審判において、2つの争点の判断の際、物の構造や性質等に影響を及ぼさない要素(例えば、物の使用方法)は考慮する必要がない点を述べており、これが2つの争点について特許審判院と特許法院で異なる結論に至った重要な原因となったといえる。
以上の点で、本判決は今後の権利範囲確認審判の実務に影響を及ぼすものと考えられ、意義深いものと評価できる。
注記
-
本件で被請求人は、審判段階において被請求人の実施発明が被請求人の特許発明と同一であるため、審判請求が不適法であるという主張をしていた。しかし特許審判院は別の理由(被請求人の確認対象発明不実施、確認対象発明の不十分な特定)により審判請求が不適法であると判断したため、上記争点(権利対権利の積極的権利範囲確認審判に該当するか否か)までは判断しなかった。 本件の審決取消訴訟において、両当事者は、審決で審判請求が不適法であるとされた2つの争点(被請求人が確認対象発明を実施しているか、確認対象発明が十分に特定されているか)に対してのみ(又はこれを重点的に)争ったところ、特許法院は2つの争点に対して判断すると共に審判請求は適法であると判断し、審決を取り消した。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
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