知財判例データベース 確認対象発明が医薬品製剤発明に係る特許の権利範囲に属さないとした大法院判決
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 A株式会社(特許権者) vs 被告 B株式会社(審判請求人)
- 事件番号
- 2022フ10746権利範囲確認(特)
- 言い渡し日
- 2025年05月15日
- 事件の経過
- 上告棄却
概要
原告の医薬品製剤発明特許に対して、被告は一部添加剤の成分を異ならせたものを確認対象発明として消極的権利範囲確認審判を請求した。大法院は、確認対象発明が品目許可を受けたか又は受ける可能性がある医薬品ではないとしても、将来実施する可能性があるのであれば、確認の利益があると判断した。また、大法院は、特許発明の出願明細書と公知技術等に照らして、特許発明は、添加剤としての化合物の成分と含量比とを、特許発明の請求の範囲の記載のように限定して組み合わせた添加剤の構成をその特有の解決手段として提示したといえるもので、特許発明に特有の課題解決の原理は請求の範囲の記載に近接した程度として把握すべきであるから、添加剤の成分が異なる確認対象発明は特許発明の権利範囲に属さないと判断した。
事実関係
原告は「ペルビプロフェンを含有する溶出率及び安定性が改善された経口投与用薬剤学的製剤」を発明の名称とする発明について、2009年10月13日に特許登録を受けた。原告の当該特許発明に対し被告は原告を相手取って消極的権利範囲確認審判を請求し、特許審判院は被告の審判請求を認容する審決をした。原告は審決を不服として審決取消訴訟を提起したが、特許法院も原告の請求を棄却し、原告は大法院に上告した。
特許発明の請求項1は1~30μmの平均粒径を有するペルビプロフェンを有効成分として含有する製剤に関するもので、当該構成を被告の確認対象発明と対比すると、下記のとおりである。
構成要素 | 特許発明 | 確認対象発明 |
---|---|---|
1 | 1~30μmの平均粒径を有する下記化学式1で表されるペルビプロフェンを有効成分として含有し、 <化学式1の記載省略> |
有効成分として1~30μmの平均粒径を有する化学式1で表されるペルビプロフェン <化学式1の記載省略> |
2 | 乳糖、リン酸水素カルシウム、デンプン、マンニトール、イソマルト及びキシリトールからなる群から選択される1以上の賦形剤0.5~50重量部 | ペルビプロフェン1重量部に対し賦形剤として乳糖又はこの水和物0.5~50重量部 |
3 | ヒドロキシプロピルセルロース、キサンタンガム及びカラギーナンからなる群から選択される1以上の結合剤0.00125~2.5重量部 | ペルビプロフェン1重量部に対し結合剤としてヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC) 0.00125~2.5重量部 |
4 | カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース及びデンプンからなる群から選択される1以上の崩解剤0.00125~20重量部 | ペルビプロフェン1重量部に対し崩解剤としてカルボキシメチルセルロースカルシウム0.00125~10重量部及び低置換度ヒドロキシプロピルセルロース(L-HPC) 0.00125~10重量部;及び |
5 | ステアリン酸マグネシウム及びタルクからなる群から選択される1以上の滑沢剤0.00125~2.5重量部からなることを特徴とする | ペルビプロフェン1重量部に対し滑沢剤としてステアリルフマル酸ナトリウム0.00125~2.5重量部を含有することを特徴とする |
6 | 溶出率及び安定性が改善された消炎鎮痛剤用経口投与用薬剤学的製剤 | 溶出率及び安定性が改善された骨関節炎、関節リウマチ又は腰痛に対する消炎鎮痛剤用錠剤 |
特許法院において原告は下記の主張をした。
(1)確認対象発明は、被告が製造販売する「ペルプス錠」とその含量等が同一であるかについての確認がなされなかったので、確認の利益が認められない。
(2)確認対象発明は添加剤の重量部が数値範囲で記載されていて、確認対象発明で可能な製品の場合の数が数千、数万種類存在するので、確認対象発明は特定されていないものであり、被告が「ペルプス錠」以外の残りの形態の製品については実施しないであろうことが明確なので、確認対象発明は現在も実施していないだけでなく将来的にも実施しない予定であることが明確である。
(3)特許発明は「…からなる」のように閉鎖型の形式で作成されているが、確認対象発明は有効成分(ペルビプロフェン)のほかに添加剤として賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤を含むと記載しているだけなので、確認対象発明はそのほかに他の物質をさらに含み得る。したがって、このような確認対象発明の記載のみでは特許発明の権利範囲に属するか否かを確認できる程度に確認対象発明が十分に特定されなかったものといえる。
(4)確認対象発明は、特許発明と均等関係にあってその権利範囲に属する。
これについて特許法院では、確認対象発明は具体的に特定されていて審判請求は確認の利益があり、特許発明と確認対象発明は課題解決の原理が互いに異なり、確認対象発明の結合剤である「ヒドロキシプロピルメチルセルロース」は特許発明の出願過程において原告によって意識的に除外されたとみなすことが妥当なので、特許発明の構成要素3,5と確認対象発明の対応構成は均等関係にあるとはいえないと判断した。
判決内容
大法院は下記の上告理由について、いずれも理由がないとして上告を棄却した。
(1)確認対象発明の特定について(第2上告理由)
権利範囲確認審判請求の対象となる確認対象発明は、当該特許発明と互いに対比することができる程度に具体的に特定されているのみならず、それに先立って社会通念上、特許発明の権利範囲に属するかを確認する対象として他のものと区別され得る程度に具体的に特定されていなければならない(大法院2011.9.8.言渡2010フ3356判決等参照)。したがって、確認対象発明の説明書と図面には特許発明の構成要素に対応する確認対象発明の構成要素を明確に記載しなければならない。確認対象発明の特定のために対象物の具体的な構成をすべて記載する必要はないが、少なくとも特許発明の構成要素と対比して、その差異点を判断するのに必要な程度に特許発明の構成要素に対応する部分の具体的な構成を記載しなければならない(大法院2010.5.27.言渡2010フ296判決等参照)。
本件の確認対象発明は、添加剤として含む賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤を特定成分の化合物で明確に限定しているので、そのほかの成分の化合物が確認対象発明の添加剤中に、賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤として含まれる余地はないと考えられる。確認対象発明に「賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤」でない添加剤が追加で含まれるとしても、そのような添加剤は本件特許発明の構成要素である「賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤」とは担う機能が異なって、これに対応する構成要素に該当しない。確認対象発明が特許発明の上記構成要素に対応しない構成要素(「賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤」以外の添加剤)を含み得るという事情のみによっては、特許発明の特許権の効力が確認対象発明に及ぶ範囲を具体的に確定するのに支障は生じない。
(2)消極的権利範囲確認審判の確認の利益について(第1上告理由)
消極的権利範囲確認審判は、特許審判院を通じて確認対象発明が特許権の客観的な効力範囲に含まれるかの確認を受ける手続として、当事者間の紛争を予防したり早期に終結させるためのものである。一方、薬事法第31条第2項で規定した食品医薬品安全処長の製造販売品目許可(以下「品目許可」という)は、医薬品の製造を業としようとする者が製造した医薬品を販売しようとする場合に受けなければならない手続として、食品医薬品安全処長が当該医薬品が医薬品としての安全性や有効性等を備えているか検証するためのものである。このように、特許法上の消極的権利範囲確認審判は、薬事法上の品目許可とは制度の趣旨が異なっており、現在実施しているものだけでなく将来実施する予定であるものも審判対象である確認対象発明とすることができる。したがって、審決時に品目許可を受けているか又は受ける可能性がある医薬品のみを確認対象発明とすべきであるとはいえず、そうした医薬品と同一の確認対象発明の場合のみ将来実施する可能性があると断定することもできない。被告は将来確認対象発明を実施する可能性があるので、本件審判請求は確認の利益がある。
(3)確認対象発明が特許権の権利範囲に属するか否かについて(第3,4上告理由)
特許発明の構成要素3(結合剤)は「ヒドロキシプロピルセルロース、キサンタンガム及びカラギーナンからなる群から選択される1以上の結合剤 0.00125~2.5重量部」であるが、これに対応する確認対象発明の構成要素は「結合剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC) 0.00125~2.5重量部」であって差異がある。
また、特許発明の構成要素5(滑沢剤)は「ステアリン酸マグネシウム及びタルクからなる群から選択される1以上の滑沢剤 0.00125~2.5重量部」であるが、これに対応する確認対象発明の構成要素は「滑沢剤であるステアリルフマル酸ナトリウム0.00125~2.5重量部」であって差異がある。
特許発明は、ペルビプロフェンの平均粒径が1~30μmであり、添加剤として特定添加剤を用いる場合、溶出率及び安定性に優れるように維持されることを確認したものである。1~30μmの平均粒径を有するペルビプロフェンを有効成分として含有し、特定の添加剤を用いる場合、ペルビプロフェンの溶出率と安定性が向上して生体利用率に優れるだけでなく、類縁物質の生成を最小化することができる。特許発明の明細書の発明に関する説明には粒径を異ならせたペルビプロフェンに、添加剤のうち賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤、可溶化剤に該当する特定化合物を各々単独で、又は賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤に該当する特定化合物を組み合わせて用いた場合の溶出率と類縁物質の増加率を確認した実験例等が提示されており、そのうち平均粒径が1~30μmであるペルビプロフェンに賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤に該当する特定成分の化合物を特定含量比範囲で添加剤として用いる場合、溶出率に優れ類縁物質の増加率が低いという内容も記載されている。
原告は特許発明の出願過程で、特許庁の審査官から先行技術によって進歩性が否定されるという拒絶理由を通知を受けた。これに対し原告は「特定添加剤が、ペルビプロフェンの粒径が小さい場合に発生する安定性の問題を解決でき、数多くの添加剤の中からそのような特定添加剤を見出すことは容易でない。本件特許発明の特定添加剤の組合せのみがその問題を解決することができる。ペルビプロフェンの平均粒子サイズが30μm以下として溶出率が70%以上であり類縁物質の増加率が7.3%以下になる添加剤の特定組合せに特許発明の技術的意味がある。」という意見を提出し、用いられる添加剤を賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤に特定し、その各々に該当する化合物の成分と含量比を限定する等により請求の範囲を補正して特許登録を受けた。
特許発明の明細書に記された発明に関する説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌すると、特許発明が先行技術に比べて技術発展に寄与した部分は、公知の消炎鎮痛剤であるペルビプロフェンを、溶出率と安定性を改善した錠剤として提供するという技術課題を解決するために「有効成分であるペルビプロフェンの平均粒径範囲を1~30μmに限定する一方、用いられる添加剤を賦形剤、結合剤、崩解剤、滑沢剤で特定し、その各々に該当する化合物の成分と含量比を特許発明の請求の範囲の記載のように限定して組み合わせた添加剤の構成」をその特有の解決手段として提示したことにある。したがって、特許発明に特有の課題解決の原理は請求の範囲の記載に近接した程度として把握すべきである。
ところが、確認対象発明の添加剤の構成は結合剤と滑沢剤に該当する化合物の成分が特許発明のそれとは異なり、確認対象発明には特許発明の請求の範囲の記載のように限定して組み合わせた添加剤の構成が含まれていない。確認対象発明は、特許発明と課題解決の原理が同一であると認められない。
専門家からのアドバイス
特許発明は、その請求の範囲の記載が同一であるとしても、その保護範囲は技術の発展に寄与した程度に応じて広くなったり狭くなったりし得る。これに関し韓国大法院は権利範囲確認審判の場合において、先行技術との関係で特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに適した保護をする必要があるので、特許発明の課題解決の原理について先行技術を参酌し特許発明が技術の発展に寄与した程度に応じて広く又は狭く把握するかを決定すべきという見解を一貫して明らかにしてきた(大法院2019.1.31.言渡2017フ424判決、大法院2020.4.29.言渡2016フ2546判決等参照)。
本事件では、被告の確認対象発明は原告の製剤発明特許から一部添加剤を変更したものであったところ、大法院は、特許発明が先行技術に比べて技術発展に寄与した部分は、公知の消炎鎮痛剤に対して特定添加剤の構成により溶出率と安定性を改善した錠剤として提供するものであると認定している。その上で、特許発明に特有の課題解決の原理は請求の範囲の記載に近接した程度として狭く把握し、かかる特許発明の請求の範囲の記載を逸脱した確認対象発明は、特許発明とは課題の解決原理が異なり特許発明の権利範囲に属さないと判断した。
本事件は、以上のように医薬品の製剤発明特許の保護範囲を狭く認めた事案であったところ、その保護範囲を出願明細書や公知技術の具体的内容を参酌して認定しており、特に医薬や化学分野等の発明の権利解釈の場面で参考にできると思われる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、李(イ)、半田(いずれも日本語可)
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195