知財判例データベース 海外でワクチン完成品を生産するために国内でワクチン原液を生産して海外に供給した行為について特許侵害を否定した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告A及びB vs 被告
事件番号
2025ダ202970特許権侵害差止等
言い渡し日
2025年05月15日
事件の経過
上告棄却により原審確定

概要

被告は韓国国内で肺炎球菌ワクチン完成品生産のための原液を生産してロシアの製薬会社に供給し、ロシアの製薬会社がロシアでワクチン完成品を製造・販売している状況において、当該ワクチンに関する韓国特許を保有している原告が被告を相手に特許侵害差止を求めた訴訟で、1審は被告の特許侵害を認めたが、2審と大法院は被告の特許侵害を否定した。

事実関係

原告Aは肺炎球菌ワクチンに係る特許権者であり、原告Bは当該特許の専用実施権者である。原告Bは原告Aからワクチンを輸入して国内で販売している。原告A及びBが本件において侵害を主張する本件特許の請求項1は、下記のとおりである。

[請求項1] 生理学的に許容されるビヒクルと共に、13個の異なる多糖類・タンパク質接合体を含み、このとき、それぞれの接合体が、CRM197運搬体タンパク質に接合された異なる血清型のストレプトコッカス・ニューモニエ (Streptococcus pneumoniae)由来の莢膜多糖類(capsular polysaccharide)を含み、前記莢膜多糖類が血清型1,3,4,5,6A,6B,7F,9V,14,18C,19A,19F及び23Fから製造される、肺炎球菌ワクチンに用いられるための13価免疫原性組成物。

被告は、国内で13種の個別の接合体原液を生産してロシアの製薬会社であるMに供給し、Mは同13種の個別の接合体原液を用いてロシアでワクチン完成品を製造・販売している。Mがロシアで製造・販売するワクチン完成品が本件特許請求項1の権利範囲に属するという点には争いがない。本件の争点は、その前段階として被告が国内で13種の個別の接合体原液を生産した行為が本件特許請求項1の侵害に当たるか否かである。

1審(ソウル中央地方法院2023年8月10日言渡2020ガ合591823判決)の判断:侵害認定
明細書等から把握される本件特許発明の中核は「13種の肺炎球菌抗原全てに対する免疫原性の確保及び免疫干渉現象の克服のための適切な運搬体タンパク質を選定」したことにあるが、被告が13種の個別の接合体原液を生産したことだけでも本件特許請求項1の上記のような中核ないし作用効果を具現できる状態が備わっており、13種の個別の接合体原液を生産した後にロシアで行われる混合工程は(13種の個別の接合体原液の生産過程と対比すると)極めて些細かつ簡単なものである。したがって、被告は本件特許請求項1の発明を直接侵害したといえる。

原審(特許法院2024年12月3日言渡2023ナ10914判決)の判断:侵害否定
被告が国内で生産した13種の個別の接合体原液は、本件特許請求項1の発明の実施のための大部分の生産段階を終えて主な構成を全て備えた半製品に該当する。しかし、本件特許請求項1の発明の実施のためには、最終段階である混合工程が行われなければならない。混合工程においては各個別の接合体原液の混合比率、混合順序、混合時のpH、温度等が重要であり、これらの条件が十分に備わっていないと本件特許発明の作用効果である13価免疫原性が具現されない可能性がある。したがって、被告が13種の個別の接合体原液を生産した行為は、本件特許に対する直接侵害に該当しない。

判決内容

侵害否定
物の発明に係る特許権者が物に対して有する独占的な生産・使用・譲渡・貸渡し若しくは輸入等の特許実施に係る権利は、特許権が登録された国の領域内でのみ効力が及び(いわゆる「特許権の属地主義の原則」)、特許権侵害訴訟の相手方が製造する物が特許権を侵害する物に該当するためには、特許発明の請求の範囲に記載された各構成要素とその構成要素間の有機的結合関係がその物に全て含まれていなければならない(いわゆる「構成要素完備の原則」)。
一方、国内で特許発明の実施のための部品又は構成の全部が生産されるか大部分の生産段階を終えて主要構成を全て備えた半製品が生産され、これが1つの主体に輸出されて最終段階の加工・組立がなされることが予定されており、その加工・組立が極めて些細であるか簡単なものであって、上記のような部品全体の生産又は半製品の生産だけでも特許発明の各構成要素が有機的に結合した一体として有する作用効果を具現できる状態に至った場合には、特許権の実質的保護のために、国内で特許発明の実施製品が生産されたものとみなすことができる(大法院2019年10月17日言渡2019ダ222782、222799判決等参照)。このようなケースに該当するか否かは、特許権の属地主義の原則と構成要素完備の原則を考慮して厳格に判断しなければならない。
13種の個別の接合体原液を混合する工程は、混合比率、混合順序、pH、温度等の混合条件が肺炎球菌ワクチンで用いる13価免疫原性組成物を具現するのに少なからぬ影響を及ぼし得るため極めて些細であるか簡単であるとはいえず、したがって、被告が13種の個別の接合体原液を生産した行為が本件特許権に対する直接侵害に該当しないと判断した原審の判断には、誤りがない。

専門家からのアドバイス

本事案において、本件特許請求項1に記載された全ての要件を満たすワクチン完成品の最終的な生産は海外で行われていたところ、この海外での生産行為には本件韓国特許の効力は及ばない。こうした状況で原告は、韓国国内でワクチンの半製品を生産して海外へ供給している被告を相手取って特許侵害を主張した。
被告において特許侵害が成立するためには、当該特許における1つの請求項に記載された全ての要件を満たす物又は方法を権限なき者が実施していることが要件とされる(構成要素完備の原則)。このほか間接侵害(特許法第127条)の場合も特許侵害に該当し得るといえるが、本事案では、特許侵害品の生産が国外で生じる場合にはその前段階の行為(特許侵害品の生産のみに用いられる物の生産)が国内で行われたとしても間接侵害は成立しないとの理由により(大法院2015年7月23日言渡2014ダ42110判決等)間接侵害の主張は排斥された。
したがって本件では、大法院2019年10月17日言渡2019ダ222782、222799(併合)事件(以下「半製品関連事件」という)で示された法理に基づく特許侵害の成否が最大の争点となった。半製品関連事件の対象物品は、外科的手術に用いられる医療用糸を体内に挿入して固定するのに用いられる医療用糸挿入施術キットである。当該事件の被告が国内で生産している製品は、争点となった特許請求項に記載された大部分の要件を満たすものの、「糸が生体組織内に固定されるように糸の端部に糸支持体が形成される」という要件だけは満たしていなかった。上記要件は、被告製品を用いる海外の病院での手術過程で初めて満たされる。同事案において大法院は、被告の国内生産行為に対して特許侵害を認めた。
これに対し本件では、海外で生じるワクチン完成品の製造行為が極めて些細であるか簡単であって部品の生産又は半製品の生産だけでも特許発明の各構成要素が有機的に結合した一体として有する作用効果を具現できる状態になるか否かが争点となったが、特許法院は、(i)半製品関連事件において最終的に糸支持体を形成するのは結び目の形成という単一工程であってその操作が非常に単純であるのに対し、本事案における混合工程は各個別の接合体原液の投入量、混合比率、混合順序、適切な混合条件(温度、時間、速度、pH等)を精密に制御して行われるという面で両事案には差があり、(ii)本事案において混合工程が正しく行われなければ本件特許発明の作用効果である13価免疫原性が具現されない可能性もあるという点を挙げて特許侵害を否定し、大法院は特許法院の判断を支持した。
本件でも争点となったように、国内における半製品の生産だけで特許侵害が認められるほどに海外での最終加工行為が極めて些細若しくは簡単であることについての判断は容易ではない。半製品関連事件においても侵害を認めた場合とそうでない場合が含まれており、今後の判例の蓄積によって基準がより明らかになっていくものと思われる。
ただし本件大法院判決からも分かるように、構成要素完備の原則の例外に当たる半製品関連事件の法理は厳格に適用されるといえる。このため、特許出願人又は特許権者の立場では、(構成要素完備の原則に基づいて侵害を主張できるよう)後日に当該発明が適用された物がいかなる態様で取引され得るのかを予想した上で、さまざまな可能性を最大限にカバーできる多様な請求項によって、(取引の可能性があるいずれの国においても)特許登録を受けておくことが重要といえる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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