知財判例データベース 特許請求の範囲の文言の意味を明細書の記載を参酌して解釈することにより特許非侵害と判断した事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告・上告人(特許権者) vs 被告・被上告人(侵害被疑者)
- 事件番号
- 2022ダ265123特許権侵害差止及び損害賠償請求(特)
- 言い渡し日
- 2025年05月15日
- 事件の経過
- 上告棄却(原審確定)
概要
1審は包括的に記載されている請求の範囲の文言に被告の製品も含まれると解釈して特許侵害を認定したが、控訴審は請求の範囲の文言の意味を、請求の範囲の他の構成の技術的意味との関係及び明細書に記載されている特許発明の技術思想を参酌して解釈した上で、被告の製品はその権利範囲に属さず、均等侵害にもあたらないと判断し、大法院も控訴審の判断を支持した。
事実関係
原告の特許発明は冷温浄水器に関するものであり、従来の浄水器では冷水と氷を作るのに各々の蒸発器を使用していたところ、これを改善して1つの蒸発器により氷と冷水を共に得ることができる構成を提示したことに特徴がある。争点となった請求項9は次のとおりであり、その中で特に争点となった構成は構成9-3と9-8である。
区 分 | 本件特許の請求項9 |
---|---|
9-1 | 流入する原水がフィルタ手段等により浄水された水を一次に貯蔵するようにす るための浄水タンク(110) |
9-2 | 上記浄水タンク(110)の水を冷水として貯蔵するようにする、水受け(20)の直 下方に位置する冷水タンク(10) |
9-3 | 上記冷水タンク(10)に貯蔵された水が製氷ユニットの水受け(20)に循環する ようにするための循環ポンプ(30) |
9-4 | 上記循環ポンプ(30)により循環する冷水を製氷と低温の冷水として作るために 一時貯蔵するようにする断面が半円形であり回転可能な水受け(20) |
9-5 | 上記水受けに貯蔵された冷水に浸漬される浸漬部を有する蒸発器(41) |
9-6 | 上記蒸発器の浸漬部にぶらさがるように製氷された氷を瞬間的に脱氷するため に高温高圧のガスが流入する脱氷ラインを有する製氷手段(40) |
9-7 | 製氷手段(40)の蒸発器(41)の浸漬部(44)においてぶらさがった状態で製氷が完 了した後に脱氷開始のために水受けの回転を誘導する水受け駆動手段(図面番号 不図示) |
9-8 | 上記水受けの回転時に連動して脱氷された氷を氷貯蔵庫に移送するように水受 け(20)の一側に備えられ、水受けとの間には冷水が通過する空間があるグリル (70)からなることを特徴とする |
9-9 | 1つの蒸発器により製氷と同時に冷水を得ることができる冷温浄水器 |

![]() (A) |
![]() (B) |
![]() (C) |
<上側:特許発明の全体図、下側:A→B→Cの順に水受けが作動する様子>
これに対比される被告製品の構成は、次のとおりである。
被告は、(i)特許の構成9-3は冷水タンク(10)に貯蔵された水が水受け(20)に直接循環するのに対し、被告製品は冷水タンク(010)に貯蔵された水が浄水タンク(110)を介して水受け(020)に送られるため差異があり(以下「争点1」)、(ii)特許の構成9-8は氷を移送するために水受け(20)の回転時に連動するグリル(70)を備えるのに対し、被告製品は水受け(020)に固定されたディフレクター(070)を備える点において差異があるため(以下「争点2」)、侵害に該当しないと主張している[1]。
これに対して原告は、(i)特許の構成9-3は冷水タンク(10)に貯蔵された水が水受け(20)に「直接」循環するとは限定されていないため、被告製品のように中間に他の構成を介するものも含み、(ii)特許の構成9-8はグリル(70)が水受け(20)の回転時に「連動」するとされているに過ぎないため、被告製品の水受けに固定されたディフレクター(070)も含むと主張している。また、文言侵害ではなかったとしても均等侵害に該当する旨も主張している。
判決内容
1審判決(侵害認定)
(1) 争点1に対する判断
特許の構成9-3と被告製品は、冷水タンクに貯蔵された水が製氷ユニットの水受けに循環するようにする点で同一である。特許の構成9-3には「冷水タンクに貯蔵された水が製氷ユニットの水受けに循環するようにするための循環ポンプ」と記載されているのみであり、水受けに「直ちに」又は「直接」送ると限定して記載してはいない。したがって、被告の主張は理由がない。
(2) 争点2に対する判断
被告は、「連動」の辞書的意味は「一部分を動かせば連結されている他の部分も続いて共に動くこと」を意味するところ、被告製品の水受け(020)とディフレクター(070)のように別個に分けられているものではなく1つの構成要素からなるものであれば、初めから連動という単語を使用する必要がないため、特許の構成9-8の水受けとグリルは構造的に分離されている構成であるのに対し、被告製品の水受けとディフレクターは一体型となっており、差異があると主張している。
しかし、被告が提示している連動の辞書的意味においても「一部分」と「他の部分」が「別個に」分けられているものとはされておらず、特許の構成9-8の水受けとグリルが構造的に分離されている構成であると限定して記載してもいないため、これに反する被告の主張は、特許請求の範囲を発明の詳細な説明や図面等の明細書の他の記載により制限解釈することに該当し、受け入れられない。
控訴審判決(侵害不認定)
(1) 争点1に対する判断
特許の構成9-3の「冷水タンクに貯蔵された水が水受けに循環するようにするための」構成は、その請求の範囲の文言が「直ちに」又は「直接」循環させる構成としてのみ記載されてはいないが、その次の構成9-4は、その請求の範囲において「上記循環ポンプにより循環する冷水を製氷し低温の冷水として作るために一時貯蔵するようにする水受け」の構成に限定しているため、被告製品において、冷水タンクに貯蔵された水を第1浄水タンクに送り、第1浄水タンクに貯蔵された水と混合させた後にこれを再度循環ポンプにより水受けに送る構成は、特許の構成9-3の「冷水タンクに貯蔵された水が水受けに循環するようにするための」構成に含まれるとはいい難い。
(2) 争点2に対する判断
特許の構成9-8における「移送」は、その辞書的意味が「他の所に送り移すこと」であって、積極的な動きを含む概念というのが相当であるため、構成9-8を「水受けの回転に連動」したグリルには限定できないとしても、少なくとも脱氷された氷を氷貯蔵庫に移すために前方に押し出す等の有形力を加える積極的な役割をするグリルと解釈すべきである。これに対し、被告製品において水受けの一方に形成されたディフレクター(070)は、氷が脱氷される前にあらかじめ動かした後、脱氷時からは停止しているのみであり、脱氷された氷を押し出す等のいかなる有形力も加えないため(甲第47号証の1、2の各映像)、被告製品に特許の「脱氷された氷を氷貯蔵庫に移送」する技術思想が具現されているとはいい難い。
(3) 均等侵害に対する判断
課題の解決原理が同一か否かについて以下のとおり判断する。
①特許発明の技術思想の核心
本件発明の詳細な説明には「従来氷の提供が可能な冷温浄水器は、2つの蒸発器を使用することにより製品の原価及びエネルギー消耗量が増加し、原水温度及び周囲温度の変化に応じて製氷量の変化が発生する問題点があったが、これを解決するために①1つの蒸発器のみにより製氷と同時に冷水を得ることができるようにし、②製氷原水として一定温度以下、範囲の冷水を使用し、製氷量を一定にしてエネルギーを節約する」旨の記載がある。
(中略)
上記本件明細書の記載と出願当時の公知の技術を参酌する場合、本件発明に特有の解決手段が基礎とする技術思想の核心は、「浄水タンクから供給されて冷水タンクに貯蔵される水を水受けにおいて低温の冷水とし、その直下方に位置する冷水タンクに循環しつつ、結局、冷水タンクに冷水として貯蔵し、この冷水を使用して製氷」することにある。
②課題の解決原理の同否
原告は、被告製品は水が水受けと冷水タンクとの間で循環しつつ、結局、氷を製造するための製氷原水の温度が低温となるため、冷水が製氷原水として使用されることにより一定の製氷時間の間、一定量の氷を得る本件発明の技術思想をそのまま具現しており、また、本件特許請求項9には製氷原水が必ず特定温度以下に一定に維持されるべきであるという事項で限定されていないため、結局、本件特許請求項9の発明と被告製品は、課題の解決原理が実質的に同一であると主張する。
しかし、「冷水」が何℃の水を意味するかについて辞書的な定義は存在しないが、本件明細書に「製氷のための原水として一定温度以下の範囲の冷水を使用」し、「循環過程は冷水タンク内部に位置した冷水タンクの温度センサの設定された値に到達するまで継続」し、「このように冷水タンクの温度が低く維持されるため、製氷動作時に循環ポンプにより冷水タンクから水受けに流入する水の温度も低く維持」されると記載されているため、本件特許請求項9の「冷水」は、一定温度以下の低温の水を意味するというのが相当である。
被告製品は製氷原水として第1浄水タンクにおいて供給される水を利用するが、第1浄水タンクは温度センサを含んでいないため、製氷原水の温度が一定温度以下に維持されず、被告製品は周囲の温度変化に応じて0℃から45℃まで多様な温度の水を製氷原水として使用する場合を前提とし、製氷原水の温度に応じて各製氷時間を異にするように設計され、製氷原水の温度が再度低くなる前になされる製氷には、「冷水」に該当するとはいい難い12℃~16℃の水が使用されるため、被告製品に「冷水を製氷原水として使用」する技術思想が具現されているとはいい難い。したがって、被告製品は、本件特許請求項9の発明と課題の解決原理が同一であるとはいい難い(侵害否定)。
これに対して原告は上告を提起したが、大法院は原審判決の判断に誤りはないと簡略に判決した。
専門家からのアドバイス
本件は、韓国の浄水器市場が拡大する中で繰り広げられた訴訟であって、1審で特許侵害を認定し算出した損害額の規模が大きかったため世間の耳目を集めた事案であったといえる。ただし本件控訴審判決では、同一の争点に対して1審判決とは正反対の判断をして非侵害としている。
1審判決は請求の範囲の文言に重点を置き、その文言として「直接」循環(争点1)とは限定しておらず、水受けとグリルが分離されてグリルが動く(争点2)とも限定していないため、特許請求項の権利範囲に被告製品が属すると判断した。これに対し控訴審判決は、請求の範囲において争点となった上記文言と他の文言との関係や、特許明細書に記載されている技術思想と図面の記載までをも広く参酌し、特許発明の技術的意味を検討した上で請求の範囲の解釈をしており、これが両判決における結論の違いをもたらしたと考えられる。
こうした1審判決とは異なる判断が控訴審判決でなされた理由としては、1審判決後に進行した特許無効事件で特許請求項の解釈が特許権者にとって不利になされたことも起因したと見られる。すなわち当該特許無効事件では原告(特許権者)が勝訴を収めてはいるが、その過程で特許請求の範囲を狭く解釈するようになったことが、本件控訴審において非侵害の結論を得るのに有利に作用したと考えられる。
本件で請求の範囲の解釈が揺れ動いたことから再認識されるように、請求の範囲の解釈において明細書の参酌が許容される場合と、原則に基づいて制限解釈が許容されない場合とを区分することは必ずしも容易ではない。実際の特許侵害事案でこうした状況に直面した場合には、専門家の検討を受けることが必要と思われる。
注記
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その他にも多数の争点があるが、便宜上、争点を単純化して紹介する。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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