知財判例データベース 選択発明として特許発明の進歩性が否定されるとした大法院判決
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 特許庁長
- 事件番号
- 2021フ10022取消決定(特)
- 言い渡し日
- 2024年05月30日
- 事件の経過
- 上告棄却確定
概要
特許発明は有機電界発光素子(OLED)に使用される化合物に関するもので、その特許発明の一部の化合物は置換基及び置換位置等の選択に応じて、同じく有機電界発光素子に関する化合物発明である先行発明に開示された化合物に含まれ得ることから、選択発明の進歩性の判断基準に従ってその進歩性が判断された。具体的には大法院は、先行発明では1番及び4番の置換位置について具体的に限定していない点において差異があるが、置換位置が5カ所であり1番及び4番位置の置換に対して否定的な教示がない等の根拠を挙げ、特許発明には構成の困難性がなく効果の面においても異質な効果や量的に顕著な効果がないとして発明の進歩性を否定した。
事実関係
原告は、「電子素子用材料」を発明の名称とする発明に対して2017年7月4日付で特許登録を受けた。Bは2017年11月20日付で原告を相手取って進歩性の欠如等の取消事由により特許取消申請をし、特許審判院は原告の特許発明に対して先行発明1又は2によって進歩性が否定されることを理由として特許取消決定をした。原告は特許審判院の決定を不服として特許法院に決定取消訴訟を提起したが、特許法院においても進歩性が否定されることを理由として棄却判決を受けた。原告は、特許法院の判決に対して上告を提起した。
特許発明は特許審判院において訂正されており、訂正後の特許発明の請求項1は、下記のとおりである。
【請求項1】
下記化学式(I-1)~(I-8)から選択されることを特徴とする化合物。
(置換基の詳細は省略)
一方、先行発明1は「芳香族アミン誘導体及びそれを利用した有機電界発光素子」を発明の名称とする登録特許公報であり、先行発明2は「有機EL素子材料及びそれを使用した有機EL素子」を発明の名称とする日本特許公報である。
特許発明中の化学式(I-1)、(I-2)、(I-4)及び(I-5)の化合物と、先行発明1に開示された化合物とを対比すると、下記のとおりである。
特許発明中の化学式(I-1)、(I-2)、(I-4)及び(I-5)の化合物 | 先行発明1の化学式1a |
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下記化学式1aで表される芳香族アミン誘導体 <化学式1a> ![]() |
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1-フェナントリル基又は4-フェナントリル基を2価の基としたもの、又はこれにAr2が連結されたもの(Ar2は5~40個の芳香環原子を有するヘテロ芳香環系) | L1はフェナントリレン基等、置換若しくは無置換の核炭素数6~60のアリーレン基、又は上記L1がヘテロ環基で置換されたもの |
R1、R2及びR3のうちのいずれか1つはR6ラジカルで置換されたカルバゾール基(13個の芳香環原子を有するヘテロ芳香環系)であり、残りはH等 上記R6は6個~24個の芳香環原子を有する芳香環系 |
![]() R1は無置換の核炭素数6~60のアリール基であり、R2は水素原子等 |
また、特許発明の化学式(I-4)及び(I-5)の化合物と、先行発明2に開示された化合物とを対比すると、下記のとおりである。
特許発明の化学式(I-4)及び(I-5)の化合物 | 先行発明2の一般式[1] |
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下記一般式[1]で示される有機電界発光素子の材料 <一般式[1]> ![]() Ar1及びAr2は置換あるいは未置換のアリール基であり、nは1、Ar3は置換あるいは未置換のアリーレン基である |
特許法院は、特許発明の化合物が有する寿命及び外部量子効率に関する効果が、先行発明の有する効果と質的に相違する効果を奏するものであるとはいえず、特許発明の実施例として化合物の寿命に関する効果のデータのみ記載されており、又は外部量子効率に関する効果のデータのみ記載されている等、発明の説明から把握される特許発明の化学式(I-1)、(I-2)、(I-4)及び(I-5)の化合物は全てにわたって寿命や外部量子効率に関する効果のデータが一貫して記載されているとはいえないため量的に顕著な差があるということもできない点を挙げて進歩性を否定した。
判決内容
大法院は、まず関連法理として下記を提示した。
「先行発明において特許発明の上位概念が公知となっていたとしても、構成の困難性が認められる場合には特許発明の進歩性は否定されない。先行発明の化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれるものに過ぎず先行発明に具体的に開示されていない化合物を請求の範囲とする特許発明についても、進歩性の判断のために構成の困難性を判断しなければならない。このような特許発明の構成の困難性を判断するときは、先行発明に理論上含まれ得る化合物の数、発明の属する技術分野において通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」という)が先行発明の化合物中から特定の化合物や特定の置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示の有無、先行発明に具体的に記載されている化合物と特許発明の構造的類似性等を総合的に考慮しなければならない。
特許発明の進歩性を判断するときは、その発明が有する特有の効果も併せて考慮しなければならない。先行発明に理論的に含まれる数多くの化合物のうち、特定の化合物を選択する動機や暗示等が先行発明に開示されていない場合にも、それが何らの技術的意義もない任意の選択に過ぎないときは、そのような選択に困難性があるということはできないところ、特許発明の効果は、選択の動機がなく構成が困難な場合であるのか又は任意の選択に過ぎない場合であるのかを区別し得る重要な指標になり得るためである。また、化学、医薬等の技術分野に属する発明は、構成のみによっては効果の予測が容易ではないため、先行発明から特許発明の構成要素が容易に導き出されるかを判断するときに発明の効果を参酌する必要があり、発明の効果が先行発明に比べて顕著であれば構成の困難性を推論する有力な資料になる。さらに、構成の困難性の判断が不明瞭な場合であるとしても、特許発明が先行発明に比べて異質又は量的に顕著な効果を奏しているのであれば、進歩性は否定されない。効果の顕著性は、特許発明の明細書に記載され、通常の技術者が認識するか又は推論できる効果を中心に判断すべきであり、もしその効果が疑われるときは、特許権者も出願日以降に追加の実験資料を提出する等の方法によりその効果を具体的に主張・証明する必要がある。このとき追加の実験資料等は、その発明の明細書の記載内容の範囲を超えないものでなければならない(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決、大法院2024年3月28日言渡2021フ10343判決等参照)。」
続いて大法院は、特許発明は、先行発明1又は2と対比して構成に困難性があるとか又は顕著な効果があるとはいえないため、通常の技術者が先行発明1又は2によって容易に発明でき進歩性が否定されると判断した。大法院の具体的な判断内容は、下記のとおりである。
(1)先行発明1又は2は、いずれも有機電界発光素子に係る化合物発明であって、置換基等の発明の構成要素のうちの一部が選択的に記載されているところ、その置換基と置換位置等の選択によっては、理論上、先行発明1又は2の化合物に特許発明の一部の化合物が含まれ得る。
(2)特許発明の化学式(I-1)~(I-8)の化合物は、フェナントレンの1番及び/又は4番位置においてのみジアリールアミノ基やジアリールアミノ基に連結される連結基が置換されるものとして限定されているが、先行発明1においてそのような限定はない。また、特許発明の化学式(I-4)及び(I-5)の化合物は、フェナントレンの1番又は4番位置においてジアリールアミノ基に連結される連結基が置換されることに限定されているが、先行発明2においてジアリールアミノ基に連結される連結基がフェナントレンの何番の位置において置換されるか特定されてはいない。
(3)ところで、先行発明1においては望ましい連結基としてフェナントリレン基を記載している一方、上記連結基がフェナントレンに置換される位置としては1番、4番位置を含めて列挙している。先行発明1又は2においてジアリールアミノ基がフェナントレンに置換され得る位置は5カ所(
、青色矢印で表示された部分)であり、そのうちのフェナントレンの1番又は4番位置にジアリールアミノ基を置換させることについての否定的な教示や示唆はない。先行発明1に具体的に開示された化合物H11(
)、H24(
)は特許発明の化学式(I-1)、(I-2)と、先行発明2に具体的に開示された化合物(25)、(28)、(29)等は特許発明の化学式(I-4)、(I-5)と、それぞれフェナントレン置換位置のみ相違することを除いて同じ構造である。
(4)特許発明の化合物が有する寿命及び外部量子効率に関する効果は、先行発明1又は2と質的に異なる効果であるとはいえない。一方、特許発明の明細書に記載されている実施例及び原告が追加で提出した比較実験資料は、特定の一部の置換基又は置換位置に関する実験結果であって、その記載内容だけでは化学式(I-1)~(I-8)から選択されることを特徴とする特許発明の化合物がいずれも先行発明1又は2に比べて寿命や外部量子効率において量的に顕著な効果を奏するとは断定し難い。
専門家からのアドバイス
韓国での選択発明の進歩性判断については、大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決において効果の顕著性と共に構成の困難性を判断すべきである旨を明確に判示している。
これに対し本件の原審において特許法院は、過去の大法院判例で選択発明の進歩性を効果の顕著性を中心に判断してきたことに従い、もっぱら本件特許発明における異質な効果や量的に顕著な効果がない点を挙げて進歩性を否定した。一方で大法院は、効果の顕著性と共に構成の困難性も判断し、本件特許発明の化合物の構成は先行発明の化合物に対する置換位置の相違等について構成の困難性もないとした上で、特許発明の進歩性を否定している。韓国における選択発明の進歩性判断手法を理解するために、本件は実務上参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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