知財判例データベース 被告が原告に補償金支払い義務があるかどうか(積極)

基本情報

区分
職務発明
判断主体
ソウル高等法院
当事者
原告、従業員 vs. 被告、使用者
事件番号
2013ナ2016228
言い渡し日
2014年07月17日
事件の経過
大法院上告

概要

434

従業員の職務発明に関する権利を承継した使用者が実施したその発明が、職務発明の出願当時、既に公知となっていたものであって、これを自由に実施でき、競合関係にある第三者もそのような事情を容易に知ることができた場合は、使用者が職務発明の実施で無償の通常実施権を超える独占的・排他的利益を得ていると見られないので、職務発明補償金を支払う義務がないが、単にその発明に無効事由があるという事情だけでは、上記独占的・排他的利益を一律的に否定して補償金の支払いを免れることはできない。

職務発明を使用者が実施せず第三者に実施許諾もしていないため、使用者が製造・販売している製品が職務発明の権利範囲に含まれないとしても、それが職務発明実施製品の需要に取って代わることができる製品であって、使用者が職務発明に関する特許権に基づき競合社に職務発明を実施することができなくさせることにより売上が増加したのであれば、それによる利益を職務発明による使用者の利益と評価できる。

事実関係

原告は被告会社に在職中に、文字が割り当てられたダイヤルキーを用いた携帯電話内の電話番号リストの検索方法に関する本件特許発明[1]を職務発明として完成した後、これについて特許を受けることができる権利を被告に譲渡し、この特許発明に基づいて被告に1億1千万ウォン(約1,100万円)の支払いを求める訴えを提起した。第1審のソウル中央地方法院は原告の請求の一部を認容し、被告に1,092万5589ウォン(約110万円)の支払いを命じたが、これに対して原告と被告の双方は敗訴部分についてそれぞれ控訴した。

判決内容

  1. 独占的利益の存否

    本件特許発明の構成の一つである文字が割り当てられたダイヤルキーが、既に公知となったとしても、他の構成を有機的に結合した発明全体は公知となっていないと見られ、誰でもこれを自由に実施でき、競合関係にある第三者もそのような事情を容易に知ることができたという点を認めるのに十分な証拠はない。

    ただし、比較対象発明2等の従前の技術に、比較対象発明1をはじめとした情報通信技術分野の周知慣用技術を結合し、本件特許発明の構成を容易に導き出すことができると見る余地はある。

    しかし、本件特許発明の進歩性が否定されて無効になる可能性があるとしても、競合関係にある第三者にまで知られている公知技術であるという点まで認めることができない以上、無効事由の存在だけでは、本件特許発明に全く保護価値がないとか、またはそれによる被告の独占的利益が全くないとして補償金の支払い義務を完全に免れられるものではない。

  2. 具体的補償金の算定

    「使用者が得た利益」は、下記算式のように使用者の売上高に職務発明が寄与した程度と実施料率を乗じた値から無償の通常実施権として発生した部分を除く方式、即ち、独占権寄与率を乗じる方式で算定することにする。

    補償金=使用者が得た利益(使用者の売上高×職務発明の寄与度×実施料率×独占権寄与率)×発明者の貢献度×発明者の寄与率(本件の場合、単独発明であるので100%)

    • 使用者の売上高
      被告製品の国内売上高を計算すれば、136兆5698億7110万1526ウォンになる。
    • 本件職務発明の寄与度
      本件特許発明は電話番号を検索するもので、携帯電話機を駆動するためのソフトウェアの中で極めて一部であり、電話番号を検索する技術は代替技術が多数存在するので、被告が本件特許発明を直接実施する必要性は高くなく、携帯電話機の売上にはブランド商標などの顧客訴求力、デザイン性、広報やマーケティング活動など非技術的要素も寄与する点等に照らしてみれば、本件職務発明の携帯電話機製品に対する寄与度は2%と定めるのが相当である。
    • 実施料率
      情報通信分野で専用実施権を設定するときの実施料率は純売上高の2.48%、通常実施権を設定するときの実施料率は純売上高の1.24%である点、被告の競合社でも独自に電話番号を検索する方法を採択していると見られる点等に照らしてみれば、本件各特許発明の実施料率は2%と定めるのが相当である。
    • 独占権寄与率
      現在、被告製品には、本件特許発明は直接実施されておらず、被告の競合社も本件特許発明と異なる独自の方法で電話番号を検索する製品を生産しており、従って、競合社が本件特許発明を実施できなくすることによって得た被告の利益は相当少ないと見られ、特に本件特許発明は進歩性が否定されて無効になる可能性もある点などを総合してみれば、本件特許発明の価値は非常に低く、その独占権寄与率を0.2%と定める。
    • 発明者の貢献度
      原告は被告会社に在職しつつ被告会社の各種資材及び施設を用いて本件各特許発明の完成に至るようになった点、被告が長い間累積してきた電話機製造に関する技法と先端技術も本件各特許発明の完成に相当な影響を及ぼしたと見られる点を勘案すれば、発明者の貢献度は20%が相当である。

    従って、被告が原告に支払うべき正当な補償金の額は、2185万1179ウォン(=使用者の売上高136兆5698億7110万1526ウォン×職務発明の寄与度2%×実施料率2%×独占権寄与率0.2%×発明者の貢献度20%)になる。

  3. 消滅時効

    被告は、原告が本件各特許発明を完成して1993年3月22日に被告に特許を受けることができる権利を譲渡したにもかかわらず、それから10年をはるかに過ぎた2012年1月19日に至って本件訴えを提起したので、原告の本件各特許発明に対する補償金請求権は時効で消滅したと主張している。

    職務発明の補償金請求権は一般債権と同様に10年間行使しなければ消滅時効が成立し、起算点は一般に使用者が職務発明に関する特許を受ける権利を従業員から承継した時点と見るべきであるが、会社の勤務規則などに職務発明の補償金の支払い時期を定めている場合には、その時期が到来するまで補償金請求権の行使には法律上の支障があるので、勤務規則などに定められた支払い時期が消滅時効の起算点になる。

    被告は社内に職務発明補償指針を設けて実績補償金、処分補償金、有効特許補償金などの職務発明の補償金の支払い額、支払い時期などを審議委員会の審議と議決を経て代表理事以上の承認を受けるように定めているので、原告は上記職務発明補償指針が定めたところに従って補償金に関する審議委員会の審議・議決及び代表理事の承認があるまでは補償金請求権を行使するにおいて法律上支障があったといえる。結局、本件各特許発明について上記職務発明補償指針による被告会社の審議委員会の審議・議決及び代表理事の承認があったことを認めるだけの資料がない以上、原告の補償金請求権に対してはまだ消滅時効が進行していないので、被告の上記消滅時効完成主張は理由がない。

  4. 失効の原則

    被告は、原告に1996年12月20日に出願補償金及び登録補償金を支払ったので、原告は被告に補償金請求権を行使することができることをよく知っていたにもかかわらず、補償金請求権を行使せず、特に2000年7月頃に被告会社を退社し、2003年10月頃に再入社しながらも補償金請求権を行使しなかったので、原告の補償金請求権は失効の原則に従って消滅した旨を主張している。

    本件で補償金請求権の存否を争う被告の態度に照らせば、現在までも被告会社所属の研究員として勤務している原告は被告に補償金請求権を行使することが容易でなかったと見られる点、被告は原告に補償金を支払うようにする内容の審議委員会の審議・議決及び代表理事の承認などの手続を全く経ていない点を勘案すると、原告の補償金請求権が失効の原則に従って消滅したと見られない。

専門家からのアドバイス

職務発明の補償金請求の訴訟では、様々な争点が取り扱われるのが普通であり、本事案の判決も長大なものであるが、以下にポイントを列挙する。

まず、侵害訴訟で新規性・進歩性を判断するのと同様に、職務発明の補償金請求訴訟でも新規性・進歩性を判断している点については興味深い。本事案では、新規性は否定されないが、進歩性は否定される可能性があると判断し、それにも関わらず、無効事由の存在だけでは、補償金支払い義務を免れることができないと判示している点に注目したい。ただし、無効事由の存在は、補償金算定において独占的寄与率を非常に下げる要因になっている。

さらに、本稿では省略しているが、実際の判決では具体的な構成を対比した後、現在は本件特許発明が実施されていないと判断している。ただし、実施していなくても、競合社が特許発明を実施できなくすることにより被告が得た利益は多少なりともあったとして、支払い義務自体は否定はせず、非常に低い独占的寄与率(0.2%)を認めている点にも注目しておきたい。

本事案に先立ち2014年3月に仲裁決定されたサムスン電子の職務発明事件と比べると、補償金が非常に低く算定された印象を受ける。3月の事件では、MPEG標準に属することによって得られたライセンス収入額の全額を使用者の利益額として算定したのに対し、本事案の場合、売上高そのものに種々の要素が乗じられることにより、結果的に算定された使用者の利益額はかなり低くなった。従って、従業員の立場としてみれば、会社が実施するよりライセンスを通じて実施料収入を得る場合に受ける補償金の額の方がはるかに高いと思われる(ライセンスで実施料収入を上げている場合、会社側自らが該当特許が無効である旨の主張をするのが難しい点も従業員には有利となる)。逆に、会社側としては、補償金請求の訴えが提起された場合、現在特許発明を実施していないならば、具体的な構成を対比して積極的に実施発明ではないことを主張すると同時に、特許の無効事由(進歩性)を主張することが独占的寄与率を下げるのに効果的であろう。

最後に、消滅時効が始まる起算点を審議委員会の審議・議決及び代表理事の承認があった時点と見て、まだ時効が進行していないと判断し、また被告会社に勤務中の原告が補償金請求権を行使することは容易ではなかったと判断し請求権の失効も否定している。現在、韓国の発明振興法では、従業員を保護する法律の趣旨、発明振興法上ある程度の規模の企業では正当な補償金を支払うために審議委員会の審議・議決及び代表理事の承認を経るようにしている発明振興法の趣旨や現在までの判例の傾向に照らしてみると、会社側が消滅時効と失効の主張をしても現実的には認められにくいと言える。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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