知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)継続するバイアグラの戦い
2014年02月12日
The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.65)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所 副所長 岩谷一臣(特許庁出向者)
バイアグラ。約15年前の1998年に発売が開始され、一世を風靡したこの薬剤を知らない者は、ごく少数であろう。しかし、既に特許権が切れた現在においても、いまだ模倣品に関する争いが継続していることはご存じであろうか。最近、ソウル高等法院は、ファイザー社が韓国の韓美(ハンミ)薬品の製品に対し、製造販売中止を求めた裁判に対し、原審を破棄し、原告勝訴の判決を下した。この判決は、有名な薬剤に関する訴訟というだけではなく、特許権が切れた後における薬剤の保護や、韓国における商標権侵害の基準など、韓国でのビジネスにおいていくつかの重要な論点を提示しているので、ここにご紹介したい。
青いひし形の錠剤
この裁判は、米国のファイザー社が開発したバイアグラに関し、韓国で特許が満了した2012年に韓美製薬がパルパル錠という同種の錠剤を発売したことに端を発しており、ファイザー社は、韓美製薬に対し、パルパル錠の製造・販売中止を求めて、裁判を提訴していました。しかし、既に特許権が切れているにもかかわらず、韓美製薬の製品は、何が問題とされたのでしょうか?
実は、ファイザー社は、2005年にバイアグラの錠剤それ自体の形状等に着目し、それを立体商標として登録していたのです。
エバーグリーン戦略
新薬の開発には、莫大な費用と時間が必要となります。しかし、技術面の権利である特許は、出願から20年で権利が切れてしまいます。そのため、オリジナル製薬メーカーは、少しずつ権利内容の異なる特許を登録し、実質的な保護期間の延長を図るいわゆるエバーグリーン戦略というものを用いることが少なくありません。これに対し、商標であれば、特段の事情がない限り、実際に使用さえしていれば更新によって権利期間を延長することができるため、ファイザー社は、この権利に注目し、バイアグラという薬剤の形状そのものを商標として登録していたのです。しかし、商標は、本来、他人の商品と区別し、だれの製品であるのか、出所を表すために用いられるものですが、錠剤の形状までこのような商標として保護すべきものなのでしょうか?
商標の識別力
1審のソウル中央地方裁判所では、まさにこの点が争われました。そして、判決において、ファイザー社の商標は、本来他人の商品と区別するための識別力がないばかりか、通常、薬品の形状自体は、製品の識別のために用いられるものではなく、結果、韓美製薬の製品は、ファイザーの商標権侵害には当たらず、両者の製品を消費者等が誤認混同することもないと判示されていました。しかし、2審のソウル高等法院では、判断が異なり、両社の製品の錠剤の支配的特徴、すなわち「青色のひし形」という点が同一であり、非常に目につきやすい形態であること等を指摘し、韓美薬品の製品は、ファイザーの当該商標を模倣して、その識別力に便乗するものであると判断しました。
今後の展開に注目
本来、権利期間が切れた特許は、速やかに公衆に開放されるべきであり、果たしてオリジナル製薬メーカーのエバーグリーン戦略が適切であるか否かは、立場によって様々な声があります。一方で、技術を公開する代償としてインセンティブを与え、産業の発達を促すという特許法の理念からすれば、研究開発投資に見合った補償が必要なことは当然でしょう。その上で、本件では、薬剤であるにもかかわらず特許ではなく、また、商品の形状であるにもかかわらずデザインではなく、権利更新が可能な商標として権利化したものとして、非常に興味深い権利活用方法といえるでしょう。また、私見ですが、最近の韓国における商標の類否判断ないし侵害の判断は、その細部を部分的かつ詳細に見て判断するのではなく、本件判決のように、外観を特徴づ「支配的特徴」を中心に判断しているように思われ、より消費者の目線に近づいている気がします。
いずれにせよ、本件事件は、韓美製薬により上告されており、大法院での判断が注目されます。
今月の解説者
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所 副所長 岩谷一臣(特許庁出向者)
92年特許庁入庁。96年に審査官昇任後、特許情報課、特許審査調査室、調整課人事担当、ヨーロッパ特許庁派遣、2007年に審判官昇任。その後、審判課法規担当、主任上席審査官昇任を経て、2011年6月より現職

本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。
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