知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)新型コロナウイルスと知的財産権
2021年07月14日
The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.154)
ジェトロ・ソウル
副所長 土谷 慎吾(特許庁出向者)
新型コロナウイルスが世界で猛威を振るい始めてから、約1年半が経過しました。先進国を中心にワクチン接種が進むとともに、治療薬の開発にも期待が集まる一方、発展途上国にはこの恩恵が届きにくい状況が続いているといわれています。
このような状況の下、「医薬品アクセス問題」が改めて注目されています。
本稿では、新型コロナウイルスと知的財産権にまつわる問題について、ご紹介します。
1. 古くて新しい「医薬品アクセス問題」
世界の多くの国々が加盟するWTOは、加盟国に知的財産権の保護を義務付けています。この根拠となるのが、TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)であり、WTOに加盟し国際貿易の恩恵に浴するためには、知的財産権を保護するための制度整備が求められます。
知的財産権のうち、代表的なものが特許権です。特許制度は、国が特許の権利者(民間企業や研究機関)に対して、技術を公開することと引き換えに一定期間独占権を付与することにより、許諾を得ない他者による模倣を防ぎ、権利者が研究開発に費やした費用を回 収できるようにするとともに、次なる研究開発を促す制度であり、その保護対象には、ワクチンや治療薬などの医薬品も含まれます。
特に、医薬品は研究開発段階で多くの試行錯誤が必要で、治験にも膨大なコストがかかるため、1つの製品を世に出すのに1,000億円程度の費用が掛かることも珍しくない一方、それを模倣するためのコストは新規開発と比較してかなり小さいため、特許による保護が重要とされる分野の一つです。
他方で、今回のコロナ禍でも分かるように、医薬品の開発・製造能力や購買力は先進国に偏っているため、先進国の国民には比較的早く医薬品が行き渡る一方、途上国に行き渡るには時間がかかる、あるいは行き渡らないという、いわゆる「医薬品アクセス問題」は、以前から指摘されていました。
2. ウェイバー提案
新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう状況を受け、2020年10月、南アフリカとインドが、新型コロナウイルスの予防、封じ込め、治療に関し、知的財産権の保護を免除する、いわゆるウェイバー提案を提出しました。新型コロナウイルス関連の医薬品を先進 国が独占する状況の打破がその目的です。
この提案に対し、約60の途上国が賛成する一方、日本、ドイツ、イギリス、スイス等の先進国は反対しています。
今回興味深いのは、既にワクチンの開発に成功している米国、中国、ロシアが、この提案に賛成していることです。特に、米国は当初反対の立場を示していましたが、2021年5月に賛成に態度を転じました。
通常であれば、ワクチンの開発に成功した国が知的財産権による保護を放棄するというのは、経済的利益の減少を招く点で望ましくない選択肢ですが、今回のコロナ禍では、大国が自らの陣営の強化のためにワクチンを活用する「ワクチン外交」実施のため、戦略的にこの選択肢を使っていると考えられます。
今後この提案はTRIPS理事会で議論されることになりますが、WTOにおける意思決定はコンセンサス方式(すべての加盟国の合意による意思決定)をとっているため、結論が出るまでには時間がかかることが予想されます。
3. ウェイバー提案に対する韓国議会の動き
筆者の知る限り、韓国政府はウェイバー提案に対する態度を公式には明らかにしていませんが、国会には、以下のとおり、ウェイバー提案に賛意を示す決議案2本が提出されています。
- 2021年4月5日、チャン・ヘヨン議員(正義党)他13 人による「COVID―19の対応に向けたTRIPS協定一部条項適用の一時猶予を促す決議案」の提出
- 2021年5月12日、ジョン・ヒェスク議員(共に民主党)他134名による「COVID―19ワクチン知的財産権の一時的免除への支持および全世界的なワクチン共同開発を促す決議案」の提出
もちろん、韓国国会での決議は、TRIPS理事会の議論を拘束するものではありませんが、韓国国会の意思表示としての意味があり、今後の審議の行方が注目されます。
今月の解説者
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所副所長 土谷 慎吾、2001年日本国特許庁入庁。通信・半導体分野の審査官・審判官、情報技術統括室室長補佐、審判課課長補佐、主任上席審査官等を経て、2020年7月から現職。

本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。
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