知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)「下町ロケット」から見える特許訴訟のイロイロ

2021年12月08日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.159)
リ・インターナショナル特許法律事務所 ソン・ジンオ弁理士

最近韓日両国ではロケットの打ち上げがありました。韓国では10月21日、「ヌリ号」が打ち上げられましたが、衛星の軌道投入には失敗しました。一方、日本では11月9日、「イプシロン」5号機が打ち上げられ、搭載した9つの衛星の正常分離に成功しました。ロケット発射技術は全世界で6カ国しか持っていないとの報道に接し、ロケット発射技術の高度性に感心するとともに「下町ロケット」という小説(以下、「本小説」という。)を思い出しました。
本小説は、池井戸潤氏の小説で、大衆にあまり馴染みのない技術と特許の世界を取り扱って大人気を呼び、ドラマ化されました(韓国でも放送されました)。既にご存知の方が多いと思いますが、本小説のストーリーを要約しますと、高い技術力を持つ中小企業の佃製作所、中小企業の技術を奪い取ろうとする悪役のナカシマ工業、そして佃製作所に特許獲得で先手を取られた大手企業の帝国重工が登場し、主役の佃製作所は、ナカシマ工業の攻撃から会社を守り、保有している特許を実施したバルブを帝国重工に納品し、遂にロケット発射を成功させます。 本稿は、弁理士として本小説から見える特許訴訟のいくつかの場面に対する話です。

1.特許侵害訴訟は非難されるもの?

ナカシマ工業は企業のイメージのために和解を選択しましたが、特許戦略で敗れたわけではありません。取得した特許を保有することに留まらず、活用の方法として特許侵害訴訟を提起することは、非難されるものではないと思います。

2.侵害訴訟での遅延戦略

ナカシマ工業が侵害訴訟で選んだ主な戦略は、遅延策でした。裁判を長期化すれば佃製作所が耐えられず降伏すると予想しました。
しかし、実際の訴訟において遅延策は簡単には通用しません。訴訟遅延は多くの国の民事訴訟法で極めて警戒されるもので、韓国の民事訴訟法でも以前から証拠の適時提出主義が採用されています。さらに、今年からは審判手続きでも適時提出主義制度が施行されています。ちなみに、韓国の特許侵害訴訟の1審裁判には平均15カ月が掛かります。

3.和解金

ナカシマ工業は佃製作所の逆侵害訴訟の裁判官から和解を勧告され、これを受け入れました。和解金の56億円は、特許使用料に基づいて佃製作所が計算した損害賠償請求金70億円からナカシマ工業の技術革新による分を引いて算出された金額です。
多くの国の特許法は損害賠償額の算定方法について一定の基準を設けています。韓国で特許侵害訴訟の損害賠償認容額の中間値は600万円程度で、他国に比べて低すぎるとの声がありました。そして、韓国の特許法は最近の改正により、故意侵害に対して懲罰的損害賠償と、権利者の生産能力を超える部分の損害賠償を認定できるようになりましたので、今後損害賠償額の増加が期待されます。

4.侵害訴訟での無効主張

本小説では全く取り上げられませんでしたが、特許侵害訴訟が提起されると、被告は侵害か否かはもちろん、対象特許の無効理由の有無について必ず確認します。実際であれば、佃製作所も無効審判を対応戦略の一部として考慮したのではないかと思います。
多くの国の特許法では、特許権をはじめから存在しなかったものとする無効審判制度が設けられています。韓国では毎年400件以上の特許無効審判が提起されており、無効が認められる割合が他国に比べてやや高い(平均4割以上)です。

5.弁理士の実力

本小説で、ナカシマ工業の弁理士は非常に腕のある弁理士に間違いないと思います。彼は広い請求範囲を持つ強力な特許を作り出して、ナカシマ工業は佃製作所を相手にして特許侵害訴訟を提起することができました。単に特許を取得するのがゴールではなく、良い特許を取得するのが大事であることは言うまでもありません。

最後に、「下町ロケット」の誕生は、日本の知的財産に対する認識が既に高いレベルに達していることを証明していると思います。韓国でも読者を知的財産の世界に招く面白い作品を待ち望みます。


今月の解説者

リ・インターナショナル特許法律事務所 ソン・ジンオ弁理士
2001年ソウル大学電気工学部卒、2010年韓国放送通信大学法学科修了、2014年東京理科大学イノベーション研究科知的財産戦略専攻修了
(監修:日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所副所長 土谷慎吾)

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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