知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)韓国大法院、「塩変更医薬品」による特許回避を不認定 ―存続期間延長された医薬品特許の保護拡大―

2019年03月13日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.126)
梁希珍(ヤン・ヒジン) 法務法人広場(Lee & Ko) IP-GROUP パートナー弁護士

1月17日、韓国大法院は、韓国医薬品市場に大きな波紋を呼ぶ判決を言い渡しました。医薬品特許の存続期間が延長されている場合に、活性成分は同じで「塩」の部分が異なる医薬品(塩変更医薬品)にも特許の効力が及ぶかどうかについて、特許権の効力が及ばないとの判決を出していた原審の判断を、大法院は覆しました。本稿では、本判決の概要についてご紹介します。


塩変更医薬品をめぐる特許訴訟の経緯:

問題となった事件は、日本の製薬会社である原告(アステラス製薬)が韓国の製薬会社である被告(コアファームバイオ)を相手に起こした侵害差止訴訟です。過活動膀胱治療剤「ベシケア錠(成分名:ソリフェナシンコハク酸塩)」を開発した原告は、延長された特許期間中に被告が「エイケア錠(成分名:ソリフェナシンフマル酸塩)」を発売したことを受け、2016 年、ソウル中央地方法院に提訴しました。原告は被告がソリフェナシンを主成分とする医薬品を発売したのは特許権侵害だと主張し、これに対し被告は、エイケア錠はベシケア錠とは異なる塩を使用して開発した医薬品(塩変更医薬品)であるため存続期間延長後の特許権の侵害に当たらないと反論しました。第一審は被告が勝訴し、原告が特許法院に控訴しましたが棄却され、大法院に上告しました。大法院は、一審・控訴審を覆し、塩変更医薬品も存続期間延長後の特許権を侵害すると判断しました。

延長後の特許期間中の権利範囲についての争い:

韓国特許法によれば、特許期間は特許出願日から20年が過ぎると終了しますが、医薬品特許の場合、延長登録制度の活用により、更に最長5年まで特許期間を延長できます。医薬品の活性成分が物質特許として保護を受けている期間(20 年)中に塩変更医薬品やジェネリック医薬品を市販することや、延長後の特許期間中にジェネリック医薬品を市販することが特許を侵害することに争いはありません。これに対し、エイケア錠のような塩変更医薬品については、特許審判院やソウル中央地方法院、特許法院が延長後の特許権の効力範囲に含まれないとの見解に立っており、争いがありました。
この見解に対しては、塩変更医薬品とジェネリック医薬品を別扱いとする理由がないとの反論が主張されてきました。塩変更だけで特許を回避できるとすれば、物質特許の存続期間延長制度が有名無実になってしまうということです。たしかに、活性成分および塩形態がオリジナル医薬品と同じジェネリック医薬品の場合、治験資料なしに承認を受けることができるのに対し、塩変更医薬品の承認を得るためには治験結果の提出が求められます。しかし、その塩がエイケア錠のフマル酸のように業界で広く使用されている場合、提出資料の範囲はジェネリック医薬品と大差ありません。米国やEUの裁判所は、 塩変更医薬品による存続期間延長後の特許権侵害を早くから認定してきました。

展望 ―市場に及ぼす影響:

韓国のジェネリック製薬会社は、塩変更医薬品がジェネリック医薬品と同程度またはそれ以上に承認取得および特許回避が容易なため早期の市場参入が可能であり、また、保険薬価を高く設定できるなどのメリットから、塩変更医薬品の開発に投資してきました。しかし、このような投資戦略は、今回の大法院判決により見直しを迫られる見通しです。ベシケア錠事件のように侵害が問題となり得る塩変更医薬品の数は200 余りに上るとも言われ、今後、特許侵害訴訟と損害賠償問題が相次ぐことが予想されます。
一方、オリジナル製薬会社としては、延長後の特許存続期間中に塩変更医薬品の市場参入を防ぐことができます。なお、日本の場合、韓国と同様に存続期間延長制度が設けられているものの、塩変更医薬品の承認取得が難しいため、塩変更医薬品の早期参入を試みる事例がなく、同様の法的紛争は生じていません。

今月の解説者:

梁希珍(ヤン・ヒジン) 法務法人広場(Lee & Ko) IP-GROUP パートナー弁護士
1997年:延世大学生化学科卒。04年:司法試験合格、07年:司法研修院修了(第36期)、97年―01年:金・張法律事務所、07年―10年:ソウル中央法院及びソウル西部地方法院にて判事として勤務、10年より現職。
(監修:日本貿易振興機構(ジェトロ) ソウル事務所副所長 浜岸 広明)

どうなる韓国 新・知財最前線は今

本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、柳(ユ)、李(イ)、半田
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195