知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)特許無効の証拠をいつ出すか?

2016年11月09日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.98)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所 副所長 笹野 秀生(特許庁出向者)

現在、韓国においてなされている特許制度改革の議論が、大きな論争に発展しています。その議論とは、特許無効審判及びその審決取消訴訟において、特許を無効とするための理由・証拠を出すことができる時期に関するものです。今回は、この問題について、取り上げてみます。

現行制度の課題と改革案

韓国では、特許無効審判を請求した後、いつでも無効の理由・証拠を追加提出できます。また、審決(審判での決定)に不服があった場合に特許法院に提起する審決取消訴訟段階においても追加提出ができます。この制度は、無効審判請求人にとっては、後から発見した有力な理由・証拠がいつでも提出できるため、歓迎すべき制度です。その一方で、特許権者としては、相手方の動きに対して何回も応答を強いられることになり、審理終結が長引いてしまう不満があります。無効審判は特許権者の特許侵害防止行動(警告・訴訟等)に対抗して、侵害者側から請求される場合が多く、その場合請求人にとってはなるべく紛争解決までの時間を稼ぐことが利益になる場合が多いため、理由や証拠の提出を敢えて段階的に行い、審理を長引かせる戦略があり得ます。特に、審判段階で提出されなかった理由・証拠がその後の訴訟で提出されると、審判段階での攻防が全く無駄になりますし、外国の特許権者にとっては、理由・証拠が無制限に出てくると、翻訳を含めた対応に係るコスト的・時間的な負担が大きくなります。
そこで、韓国特許庁では、無効審判の請求時に、全ての理由・証拠を提出し、その後の提出は訴訟の段階を含めて原則として認めない制度の導入を検討しています。しかし、この制度改革案(特に訴訟段階で新たな理由・証拠を提出できない点)には、裁判所や弁護士団体が強く反発しており、大きな論争に発展しています。

諸外国の状況

まず、韓国の特許制度のルーツである日本を見てみます。日本では1976年の最高裁大法廷判決(メリヤス編機事件)において、無効審判の審決取消訴訟段階で、新たな理由・証拠は持ち出せないという判例が出ています。このようにする理由の一つとして最高裁は、「特許法は、特許又は拒絶査定の是正手続については、一般行政処分と異なり、常に専門的知識経験を有する(特許庁)審判官による審判の手続の経由を要求している」ということを挙げています。
審判段階においては、1998年の法改正で、審判請求時点で提出しなかった理由・証拠の追加が原則できなくなっています。これは、法改正以前には、請求人が理由・証拠の追加を無期限・無制限に行うことも多く、審理の遅延の原因となっていたためです。法改正により、審判請求時に十分な準備をし、すべての無効理由を提出しようとするインセンティブが審判請求人に働くようにして、審理期間の短縮を図っています。
米国でも、2012年9月から開始された当事者系レビュー(無効審判に相当)の審決取消訴訟段階においては、新たな理由・証拠の提出はできなくなっています。米国では地方裁判所にも特許無効確認裁判を提起できますが、その控訴審では新たな理由・証拠の提出はできません。更に、中国においても、審判段階で全ての理由・証拠を提出するとなっており、欧州においても第1審で全ての理由・証拠を提出するとなっています。

改革案への反対意見

有力な反対意見の一つは、後から発見された決定的な証拠を追加提出できないとすると、新たな審判請求をしなければならず、紛争解決に余計に時間がかかってしまうというものです。これについては、それほど決定的とは言えない証拠を後から出して紛争を長引かせる行為にどう対処するかという問題と併せて考える必要があります。なおかつ、特許庁の審査を経ている特許権について、無効審判を提起する前の事前調査でも発見されなかった理由・証拠が後から発見されるケースがどれだけあるかということも考慮する必要があるでしょう。
次に、そもそも特許侵害訴訟においても裁判所が特許無効の判断をすることができ、その場合は控訴審(特許法院)においても証拠追加ができるのであるから、無効審判の抗告審(特許法院)においてはできないというのはおかしいという意見です。しかし、侵害訴訟において裁判所が無効の判断をするのは、無効であることが明白な場合と判例で示されており、微妙なケースまで判断しようとする無効審判とは異なります。しかも、無効の判断がなされても、侵害の有無の判断に使われるだけで、特許権自体が無効になるわけではありません。
更に、新しい理由・証拠を裁判所(特許法院)に提出できないのは、国民の裁判を受ける権利を侵害しており違憲の疑いすらあるという意見がありますが、前述の日本最高裁が示したような見解もあり、これは特許権の付与に関する考え方の問題と思われます。

いずれにしても、今回の改革案は、韓国でしばしば指摘される特許権の権利行使が困難であるという問題に対処しようとするものであることから、改革案の是非をより産業政策的な視点で議論する必要があると考えられます。

今月の解説者

日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所
副所長 笹野 秀生(特許庁出向者)
95年特許庁入庁。99年に審査官昇任後、情報システム室、審判部審判官、(財)工業所有権協力センター研究員、調整課品質監理室長を経て、2014年6月より現職。

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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