知的財産に関する情報(The Daily NNA【韓国版】より)特許の訂正範囲の変化

2018年09月12日

The Daily NNA【韓国版】掲載(File No.120)
特許法人MAPS 代表弁理士 申 東憲(シン・ドンホン)

特許無効審判手続きにおける特許の訂正は、無効審判の被請求人(特許権者)にとって非常に有効な防御手段となり、このような特許の訂正範囲をどの範囲まで許容するかは特許の無効率に相当な影響を与えると言えます。ところが、韓国特許実務においては、過去約20 年の間に訂正範囲に変化があったところ、どのように訂正範囲が変わってきたか、現在はどの範囲まで訂正が許容されているかについてご紹介します。

1. 訂正範囲の概要

韓国特許法(改正2016.2.29)第133条の2および第136条は、訂正の範囲に関して次のような要件を規定しています。

  1. 「請求の範囲を減縮する場合」、「誤って記載された事項を訂正する場合」、「不明に記載された事項を明確にする場合」のいずれかに該当する場合に、明細書または図面に対して訂正請求することができる(特許法第136 条第1項)。
  2. 明細書または図面の訂正は、特許発明の明細書または図面に記載された事項の範囲で可能である(特許法第136 条第3項)。
  3. 明細書または図面の訂正は、請求の範囲を実質的に拡張したり、変更したりすることができない(特許法第136 条第4項)。

ここで、問題となってきたのは、3.いわゆる「請求の範囲の実質的な変更禁止」に関する規定をどのように適用するかです。すなわち、請求の範囲の「実質的な変更」の比較対象を、訂正前の請求の範囲に対する訂正後の請求の範囲にするのか、それとも、訂正前の明細書全体に対する訂正後の請求の範囲にするのかによって、訂正が許容される範囲が変わってくるためです。例えば、請求項(A+B)に発明の詳細な説明または図面に記載された構成要素(C)を付け加える場合(構成要素の外的付加)、請求の範囲の減縮に該当しますが、これを請求の範囲の「実質的な変更」に該当すると言えるのかが問題視されてきました。

2.訂正範囲の変化

  1. 2001年以前

    特許無効審判手続きにおける特許の訂正制度は、2001 年に改正された特許法で新設された制度ですので、それ以前は訂正審判または特許異議申立手続きにおける特許の訂正のみが存在しました。当時の特許審判院および特許法院は、「実質的な変更」の比較対象を訂正前後の請求の範囲とし、構成要素の外的付加などの訂正は新たな目的および効果を生じさせるため、請求の範囲の実質的な変更に該当するという理由で訂正を許容しませんでした。(注釈1)

  2. 2001年~2010年頃

    大法院は、99フ2815判決(2001年12月11日宣告)において、「訂正範囲の判断においては、特許請求の範囲自体の形式的な記載のみで対比するのではなく、発明の詳細な説明を含み、明細書全体の内容とかかわって実質的に対比し、その拡張や変更に該当するか否かを判断しなければならない」と判示することにより、「実質的な変更」の比較対象を明細書全体の内容に対する訂正後の請求の範囲にすることを明らかにしました。
    さらに、大法院は、2002フ413判決(2004年12月24日宣告)において、「発明の詳細な説明および他の請求項に記載された構成を請求項に付け加える訂正は、その目的や技術的思想にいかなる変更があるとはいえず、第三者に不測の損害を与える恐れもないので、特許請求の範囲の実質的な変更に該当しない」と判断しました。すなわち、大法院は、構成要素の外的付加の訂正は特許請求の範囲の実質的な変更に該当せず、訂正を許容すべきであると判断しました。
    しかし、上記事例における外的付加は、「発明の詳細な説明および他の請求項に記載された構成」を請求項に付け加える場合であったため、これが発明の詳細な説明または図面に記載された構成を請求項に付け加える全ての訂正を許容する判例であるとはいえません。
    これと関連し、大法院2003フ2010判決(2005 年4月15日宣告)は、「明細書の詳細な説明または図面にある事項を登録実用新案の請求の範囲に新たに追加することで、表面上登録実用新案が限定され、形式上は登録実用新案の請求の範囲が減縮される場合であるとしても、他の一方で該構成の追加により当初の登録実用新案が新たな目的および効果を有するようになれば、登録実用新案の請求の範囲の実質的な変更に該当するので、許容されない」と判示しました。
    一方、特許審判院の実務においては、従来通りに「実質的な変更禁止」の規定を厳しく適用し、発明の詳細な説明または図面の記載に基づく訂正(例えば、構成要素の外的付加など)を許容しない場合がほとんどでした。すなわち、大法院と特許審判院の立場が異なっており、特許審判院が下した訂正請求の棄却審決が特許法院または大法院で破棄、差し戻される場合が度々発生しました。

  3. 2010年頃以後

    特許審判院は徐々に上記大法院判例の立場を受け入れ、「実質的な変更」の比較対象を訂正前の明細書全体に対する訂正後の請求の範囲とし、発明の詳細な説明または図面の記載に基づく請求項の訂正は請求の範囲の「実質的な変更」に該当しないという理由で訂正を許容する事例が多くなってきました。

  4. 2018年現在

    特許審判院は、発明の詳細な説明または図面に記載された事項を請求項に付け加える訂正は請求の範囲の実質的な変更に該当しないと判断しています。すなわち、明細書または図面に記載された事項内における請求の範囲減縮の訂正であれば、請求の範囲の実質的な変更に該当しないと判断する場合がほとんどです。したがって、無効審判における審判被請求人(特許権者)は、審判請求人の無効主張に対してより積極的に対応できるようになり、その結果、無効率も徐々に減少している傾向にあります(2009年約70%、2016年約49%)。

3. 結論

過去の無効審判手続きにおける特許の訂正は、「実質的な変更禁止」規定の厳しい適用によりその範囲が非常に狭く、無効主張に対する有効な防御手段にはなりませんでした。しかし、2010年代に至り、訂正の範囲は徐々に広くなり始め、現在は審査手続きにおける補正範囲と実質的に異ならない程度にその範囲が広くなりました。これに対して「実質的な変更禁止」規定の「死文化」という批判もあり得ますが、無効審判請求に対する特許権者の防御権保障という側面で肯定的な変化であると言えます。
参考までに、上記で説明した訂正の範囲は、特許取消申請手続きにおける特許の訂正および訂正審判においても同様に適用されます。

(注釈1)一方、上位概念として記載された請求項の構成要素を下位概念で限定する「内的付加」は、請求の範囲の実質的な変更に該当しないと判断し、訂正を許容しました。

今月の解説者

特許法人MAPS 代表弁理士 申 東憲(シン・ドンホン) 韓国弁理士、ソウル大学校材料工学部卒業(B.S.)
(監修:日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所副所長 浜岸広明)

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本記事はジェトロが執筆あるいは監修し、The Daily NNA【韓国版】に掲載されたもので、株式会社エヌ・エヌ・エーより掲載許諾をとっています。

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