景気悪化覚悟の追加緊縮措置を緊急実施−VAT増税は9月1日から−

(スペイン)

マドリード発

2012年07月18日

政府は7月13日の閣議で、付加価値税(VAT)率の引き上げや失業給付削減を含む「予算安定・競争力向上法」の緊急実施を決定した。VAT増税などを除き大部分の措置は15日から施行された。今回の措置は11日にラホイ首相が発表した2014年末までの総額650億ユーロの追加緊縮財政措置の根幹をなす。14年までの財政健全化を強く求めるEUの勧告に従ったものだが、これによる一層の景気悪化は避けられない見通しだ。市場はこの悪循環を懸念し、スペイン10年物国債とドイツ国債との利回り格差(スプレッド)は過去最高水準の550ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)付近から下がる気配をみせない。

<財政健全化1年延長と引き換え>
今回の追加緊縮財政措置は、7月9日のユーログループ(ユーロ圏財務相会合)で財政赤字削減目標の1年延長が容認されたことに伴う(表1参照)。

5月の自治州の「隠れ赤字」の発覚により2011年の一般政府財政赤字が0.4ポイント増の8.9%(GDP比)に上昇したこと、また景気の二番底で税収低下が著しいことを受け、財政赤字の削減目標が2012年は1.0ポイント、13年は1.5ポイント緩和され、EU安定・成長協定に基づく財政健全化(GDP比3%以内)の達成期限が、2013年から14年(2.8%)に先延ばしされた。

表1財政赤字(GDP比)削減目標を緩和

EUは「スペインによる新目標達成の取り組みを厳密に監視する」〔欧州委員会のオッリ・レーン副委員長(経済・通貨問題担当)〕構えだ。スペインは銀行支援と引き換えに要求される金融セクター改革と並行して、財政面でも実質的に欧州委による勧告に基づき、EU・IMFの介入を受けたほかの重債務国並みの増税・歳出カットを余儀なくされる。

<VATだけでない全面的増税>
30項目以上に及ぶ措置の中で最も重要とされるのが、2012年中の適用はないとされていたVAT率の引き上げだ(表2参照)。12年9月1日以降、従来の18%(一般税率)、8%(軽減税率)、4%(超軽減税率)から、21%(3ポイント増)、10%(2ポイント増)、4%(据え置き)となるほか、一部商品・サービス(理容、映画館・劇場などの娯楽、美術品その他)の軽減税率の適用が廃止される。間接税については、たばこ税も引き上げられる。

直接税に関しても、法人税の控除制限や納付前倒しの強化・適用拡大を行うほか、個人所得税については個人事業主への適用税率を引き上げ、居住用住宅購入のローン減税を13年以降廃止する。

<失業給付や雇用補助金にも影響>
歳出面の最大の措置は、失業給付金の引き下げだ。社会的弱者には負担を求めないとしてきた政府だが、2012年第1四半期の失業率は24.4%(前年同期比3.2ポイント増)と上昇が止まらず、失業給付負担や新規雇用促進のための助成コストが増大する中、制度改正に踏み切った。新規の失業給付受給は、7ヵ月目以降の受給額を現行の基本給与額の60%から50%に削減するほか、新規雇用に対する社会保険料の事業主負担減免措置も、12年8月1日から若年および1年半以上の超長期失業者を除いて撤廃する。

他方で、社会保険料の事業主負担率を2012、13年に限り1ポイントずつ引き下げ、企業の社会保障コストを軽減するとしている。

<公務員、今度は賞与カット>
国家・地方公務員(政治任命による高官含む)および議員を対象に2012年に限り年末賞与を廃止する。公務員給与は10年5月に5%削減されており、今回の措置は2度目のカットとなる。また、省庁予算について、6月末に成立したばかりの「超緊縮」国家予算からさらに6億ユーロを追加削減する。13年には政党、労働組合、経営者団体への助成金を再度20%削減する。

表2ラホイ政権による主な追加緊縮財政措置(2012年後半〜14年)

<自治州に180億ユーロの融資枠>
財政健全化のネックとされる自治州については、州債償還や銀行融資の借り換えが困難な際の支援を目的として、180億ユーロの融資枠(地域財政メカニズム)を承認した。同融資を申請する自治州には、財政健全化目標の達成や緊縮財政計画の提出、毎月の予算執行状況の報告などが義務付けられる。なお、この原資の一部はほぼ唯一の黒字公営企業である国営宝くじから拠出される。

他方で、行政のスリム化についても、市町村レベルでの権限重複の撤廃や財政の透明化などを図る「市町村合理化法」の草案が検討された。市営企業の統廃合や市町村長の給与制限、2015年以降の市町村議会の議員数30%削減などが行われる予定。

<緊縮財政反対の動きは限定的>
今回の措置に対し、公務員や一部野党関係者による反対デモが各地で行われたものの、一般世論はむしろあきらめムードが強く、最大野党の社会労働党(PSOE)や2大労組の影響力低下も考慮すれば、大規模な動員を伴う反緊縮財政の動きが広がる可能性は低いといえる。

ラホイ首相は「対外資金に依存するスペインは、国債発行コストの高騰による経済の悪循環を1日も早く解消する必要がある」とした上で、「犠牲を受け入れて何かをあきらめなければ、全てをあきらめることになる。現在のスペインにとって、今回の措置以外の道はない」と説明。「個人的にはマクロ経済バランスよりも職業安定所に並ぶ失業者の列の長さの方がずっと心配だ。しかし、まずこれを是正しなければ失業者の列をなくすことはできない」と国民の理解を求めた。

<一層の景気冷え込みを懸念>
従来の緊縮策に今回の措置も加えた2012〜14年の財政効果は約564億ユーロ(「エル・パイス」紙7月15日)とされ、ラホイ首相が発表した650億ユーロにはまだ届かない。政府は今後数週間の間に、エネルギー改革を通じた環境税導入、年金支給開始年齢引き上げの前倒しなどの構造改革を通じて、さらなる緊縮措置を講ずるとみられる。

しかし、スペインの緊縮財政措置はこれだけでは済まないとする見方も依然根強い。VATや法人税増税は一時的な税収増をもたらしても、最終的には消費や民間投資、雇用の冷え込みにつながる。

デ・ギンドス経済・競争力相が「緊縮財政により景気は一層悪化する」と述べたとおり、政府は2013年もマイナス成長が続くことを覚悟している。今回の措置発表後も国債のスプレッドが改善しない背景には、緊縮財政と景気悪化のスパイラル懸念がある。IMFは7月16日に発表した13年の経済見通しで、スペインの実質GDP成長率見通しを0.7ポイント下方修正し、マイナス0.6%とした。

(伊藤裕規子)

(スペイン)

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