欧州委、初の警告メカニズム報告書を発表−加盟国間の経済不均衡是正へ−

(EU)

欧州ロシアCIS課

2012年03月05日

欧州委員会は2月14日、加盟国のマクロ経済指標を比較する「警告メカニズム報告書」を発表した。新設された経済ガバナンス制度の1つで、マクロ経済不均衡手続きの下での初の報告となる。12ヵ国が詳細審査の対象とされ、不均衡の存在についてより詳細に検討されることになった。

添付ファイル: 資料PDFファイル( B)

<各国の経済政策にまで踏み込む>
2011年12月に発効したシックス・パックと呼ばれるEUの経済ガバナンス強化パッケージは、大きく分けて財政規律を強化する過剰赤字手続きと、各国の競争力などの不均衡を監視するマクロ経済不均衡手続きからなる(2011年10月6日記事参照)。シックス・パックはそれぞれについて予防措置、罰則を含む是正措置を規定し、EU域内の財政の安定、競争力の均衡化を目指す。

このうち過剰赤字手続きについては、安定成長協定の下で赤字是正勧告が下されるなど、従来、一定の規律が設けられていた。これに対して、マクロ経済不均衡手続きは、これまでにない制度になる(添付資料の図参照)。各国の経済政策にまで踏み込む新しい取り組みだ。

その手続きの第1段階として発表されたのが今回の「警告メカニズム報告書」(PDF)だ。加盟国のマクロ経済指標に基づき「スコアボード」(添付資料の表参照)が作成され、規準値から数値が乖離し、過剰不均衡が発生していないかどうか、より詳細な検討が必要とされた国は、詳細審査の対象になる。

今回の発表によると、ベルギー、ブルガリア、キプロス、デンマーク、フィンランド、フランス、イタリア、ハンガリー、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国の12ヵ国について、詳細審査が必要と判断された。オーストリア、チェコ、エストニア、ドイツ、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポーランド、スロバキアは詳細審査の対象にならない。また、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、ルーマニアについては、既にEU・IMFの財政支援を受け監視の対象となっているため、詳細審査の対象にはならない。

<競争力格差が債務危機の背景と認識>
欧州委員会のレーン副委員長(経済・通貨問題担当)は報告書について、「今回の危機は、マクロ経済不均衡が金融安定、経済成長などにもたらすリスクを明らかにした。健全な財政政策とリスクのある経済不均衡の早期発見・是正が、持続可能な成長と雇用に復帰するための必要条件だ」と述べ、今回の報告書を皮切りとするマクロ経済の均衡化の重要性を強調した。欧州債務危機の背景には、特に単一通貨ユーロを導入している国の中でも、南北をはじめ競争力に大きな格差があり、危機につながったという認識に基づく。

こうした認識の下、EUは加盟国間の政策の調和を図るが、今回の制度はまだ始まったばかりで、どこまで具体的な成果をもたらすかは未知数だ。また、それぞれの国にどのような政策が必要とされるかは、成長戦略「欧州2020」に基づく措置や、ヨーロピアンセメスターの下での加盟各国の財政・経済政策の監視、調和といった措置も含め、具体的に検討していかなくてはならない。強化されたガバナンス制度を、いかに運用していくかが課題になる。

【12ヵ国が審査対象になった主な理由】
なお、12ヵ国が詳細審査の対象となった主な理由は以下のとおり。

ベルギー:経常収支の悪化、コスト競争力の低下とともに、輸出市場シェア(注)の喪失。民間債務と公的債務が高水準。

ブルガリア:急激に対外、対内不均衡が拡大したが、現在は急速に是正されつつある。ただし、不均衡はまだ高い水準にあり、さらなる調整の可能性もあることから、詳細審査が必要。

デンマーク:危機前の住宅ブームは07年から是正され始めたが、特に家計部門の債務が急増した。住宅価格などは近年収まりつつあるが、依然民間債務残高が高い水準にある。

スペイン:住宅・資金ブームによる対外、対内不均衡の拡大を経て、現在調整期間にある。

フランス:貿易収支が徐々に悪化しており、経常収支の悪化、輸出市場シェアの大幅な減少がみられる。

イタリア:1990年代半ば以来競争力の深刻な減少がみられ、輸出市場シェアも継続的に減少している。民間債務は比較的安定しているが、公的債務は高い水準にある。

キプロス:対外、対内両面で多くの不均衡がある。継続的な経常収支赤字、輸出市場シェアの減少、高い民間債務といった問題を抱える。

ハンガリー:拡大した不均衡の急速な調整が起こりつつある。債務の水準は公的、民間ともに高い。対外債務残高がEUで最も高い水準にある。

スロベニア:単位労働コスト、民間クレジットフロー、住宅価格が上昇するとともに、対内不均衡が急激に蓄積している。大きく膨れ上がった銀行部門は現在レバレッジ解消の途上にあり、緊縮を余儀なくされている。

フィンランド:輸出市場シェアが大きく減少。主に住宅ローンの増加により、民間債務の水準がここ10年で徐々に上昇。

スウェーデン:家計部門の債務が高い水準にある。これは、近年は収まりつつあるものの、ここ15年で住宅価格が大きく上昇したことによる。

英国:近年は安定しつつあるものの、ここ10年で輸出市場シェアを大幅に失った。民間、公的ともに債務は高い水準。特に、家計債務は住宅価格の高騰による。

(注)世界の輸出額に対する当該国の輸出額の割合(財・サービス含む)。その他各指標の計算方法、定義については、欧州委経済・財務総局のレポートを参照。

(牧野直史)

(EU)

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