欧州委、財政規律強化法案を提示−ユーロ圏安定債発行に関する選択肢も発表−
欧州ロシアCIS課
2011年11月29日
欧州委員会は11月23日、2012年のヨーロピアンセメスター実施に向けて年次成長外観を発表するとともに、ユーロ圏安定債発行に向けてのグリーンペーパー、経済ガバナンスのさらなる強化のための法案を発表した。ガバナンス強化法案は予算計画案そのものの提示を加盟各国に求めており、ユーロ圏統合の深化に向け、さらに一歩踏み込む。ユーロ圏安定債については、導入に向けての選択肢を提示し、関係者との協議やパブリック・コンサルテーションを開始する。
<「安定債」構想にはドイツが反対>
欧州委の発表は、2012年の年次成長概観(2011年11月28日記事参照)、ユーロ圏安定債の議論のためのグリーンペーパー、経済ガバナンスの強化案からなる。
欧州委が発表したグリーンペーパー(PDF)は、ユーロ圏が共同で発行する債券「安定債」について、3つの選択肢を示している(表参照)。バローゾ委員長は「適切な方法で実施すれば、ユーロ圏での債券の共同発行は途方もない利益をもたらす可能性がある」と述べ、「安定債」の導入に期待を示した。ただし、グリーンペーパーはあくまでも、今後の議論の土台として位置付けられ、欧州委はいずれの選択肢が望ましいかは予断していないとしている。
選択肢1は、最も野心的なもので、現在国別に発行している国債をすべて安定債に置き換える。安定と統合という意味では最も効果が大きいが、国別の市場からの圧力はなくなるため、モラルハザードのリスクも大きい。
第2の選択肢は、国別に発行する国債も残しつつ、一部を安定債に置き換えるというもの。国別の国債が存在するため、市場からの圧力は引き続き残り、第1の選択肢よりはモラルハザードのリスクは低下する。
選択肢3は、同様に一部のみを安定債に置き換えるが、ユーロ圏諸国の連帯保証ではなく個別保証だけをつける。これは、効果は限定的だが、モラルハザードのリスクは小さい。また条約改正が必要な第1、第2の選択肢と異なり、改正は不要なため、比較的早期に導入できるメリットがある。ただ、信用を確保するために一定の担保を提供することが求められよう。この点で欧州金融安定化ファシリティー(EFSF)が発行する債券に似ているが、EFSF債が債務危機国の支援のために発行されるのに対し、安定債は危機に関係なく、ユーロ圏諸国のために発行されるという違いがある。
バローゾ委員長は9月の「一般教書演説」で、数週間内に「安定債」に関する選択肢を提示すると明言していた。欧州委の今回の発表をベースに、加盟国や欧州議会に意見を求めるとともに、12年1月8日までパブリック・コンサルテーションを実施する。
ドイツのメルケル首相は強い反対姿勢を示しており、11月24日に開かれたドイツ、フランス、イタリアの3ヵ国首脳会議でも、不要だとの立場を崩さなかった。欧州委のペーパー自体、財政規律の強化なしに安定債を導入することは、モラルハザードのリスクが高いとしており、その意味ではメルケル首相の立場と交差する。しかし、進め方に大きな意見の食い違いがみられ、議論は難航が予想される。
<安定債と引き換えにユーロ圏諸国の予算監視を強化>
安定債はユーロ圏諸国のモラルハザードのリスクがあるため、同時に財政規律を強化し、政策の調和をさらに推し進めていくことが不可欠だ。EUは既に、予算策定前のEUレベルでの調整のためヨーロピアンセメスターを11年から実施している(2011年1月17日記事参照)。また、従来の財政赤字解消のための過剰赤字手続き(EDP)に加え、マクロ経済不均衡是正のための手続き(EIP)を導入し、マクロ経済不均衡、過剰財政赤字が解消されない場合に自動的に罰則を発動する経済ガバナンス強化パッケージ(Six−pack)も採択し、11年内に発効する (2011年10月6日記事参照)。
今回の発表では、これらに加え、ユーロ圏諸国の予算策定の監視強化に関する規則案(PDF)、および債務危機国への監視強化に関する規則案(PDF)を提示した。
ユーロ圏諸国は、次年度予算計画について、前年秋に欧州委、EU閣僚理事会に提出することが求められる。欧州委の解説によると、ヨーロピアンセメスターの下では、12年4月に財政計画の主な要素について提出することを求めていたが、今回の改正案では監視をさらに強化し、予算計画案を各国の議会が採択する前に提出するよう求めている。欧州委は計画案を検討し、それが安定成長協定やヨーロピアンセメスターの下で提示された勧告に従っていないと考える場合に、加盟国に意見を提示する。
ただし欧州委は、これは情報提供と監視を強化するもので、各国の予算計画を変更する権利を欧州委に与えるわけではなく、最終的に予算を修正し採択するのはそれぞれの国の議会だと断っている。他方、予算計画案に深刻な安定成長協定の義務違反が認められる場合には、欧州委は当該国に2週間以内に再度予算案を提出するよう求めることができるとしている。どこまで欧州委が各国の予算措置に踏み込んでいくかは、今後の課題だ。
もう1つの経済ガバナンス強化のための規則改正案は、既に行われている債務危機国への監視メカニズムを制度化し、危機に陥っている国に対して、欧州委の提案に基づき、金融支援を要請するよう理事会が勧告できるようにもする。支援を受けた債務危機国は、強化された監視の下に置かれ、マクロ経済調整プログラムの実施が求められる。プログラム終了後も、支援の75%以上を返還するまでは一定の強化された監視制度の下に置かれる。
これらの規則案の発効には、理事会と欧州議会での採択が必要になる。しかし、ユーロ圏が先行して統合を加速することに対しては、英国やポーランドなど非ユーロ圏諸国が警戒感を示している。他方で、ユーロ圏財務省の設立をはじめ、さらに野心的な政策を求める声もあり、ガバナンス強化に向けての議論は今後も続く。
(牧野直史、水野嘉那子)
(EU・ユーロ圏)
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