デモの飛び火に警戒強める−日系企業にも影響−
ドバイ発
2011年02月25日
2月14日に発生したバーレーンのデモは、犠牲者の増加などを受け規模が拡大した。その後衝突はなくなったが、デモ活動が長期化する兆しもあり、日系企業を含む企業活動にも影響が出ている。オマーンやクウェートでも小規模なデモが再発しているほか、湾岸の大国サウジアラビア東部でも小規模なデモの発生が報じられており、各国首脳はデモの拡大、飛び火を強く警戒している。
<再び緊迫する可能性も>
バーレーンでは2月13日、首都マナマ郊外のシーア派集落で小規模なデモが発生。翌14日のデモを警察が鎮圧した際に死者が出たことで緊張が高まり、15日からは1,000人を超えるデモ隊がマナマ市街の交通の要所、パール・ラウンドアバウト(真珠広場)を占拠した。その後、警察がデモ隊の強制排除に踏み切るなどしてさらに死傷者が増加。内外から非難の声が高まる中、政府は19日に軍を市街から撤退させ、デモ隊は再び広場に集結した。22日にはこれまでで最大規模のデモ行進が行われた。
この間、ハマド国王はテレビ演説などを通じて事態の沈静化を図ったが、犠牲者の増加により抗議デモは勢いを増した。国王は18日にはサルマン皇太子にすべての政治勢力との対話を指示。その後は軍の撤退や政治犯らの釈放など、反対派に譲歩した対応をとっているが、24日現在、反対派との対話は始まっていない。国王は23日にサウジアラビアを訪問し、3ヵ月の病気療養から帰国したばかりのアブドゥッラー国王と一連の騒乱について協議している。
デモ隊の大半は、国民の6割以上を占めるシーア派の住民で、背景には、少数派のスンニ派主導の支配層による差別への反発などがある。デモ隊はこうした差別的扱いの一掃に加え、一層の民主化や首相退陣、雇用や住宅問題の改善などを要求しているが、シーア派対スンニ派という住民間の宗派対立の様相は呈していない。
元教育・保健相で現アラブ民主主義財団(カタール)評議員のアリ・ファクロ氏は、アラブ首長国連邦(UAE)紙「ガルフ・ニューズ」(2月21日)の取材に対し、「デモに参加している人々の多くがシーア派であることは間違いないが、その要求の多くはスンニ派にも共通する」として、失業、住宅、政治参加などの問題を挙げている。
最大野党で穏健シーア派のウィファークは、政治犯釈放などの譲歩を引き出したものの、議院内閣制の導入やデモ弾圧を主導した治安関係閣僚の辞任などを求めて対話に応じておらず、抗議活動は長期化するとの見方も出ている。19日以降はデモ隊と治安当局との衝突はなく、デモは穏やかに続いている。一方、デモ隊の一部には王政打倒を主張する声もあり、海外に逃れていた政治活動家の帰国も始まっているといわれ、今後再び情勢が緊迫する可能性もある。
<社員を国外退避させる日系企業も>
デモによる都市生活や交通への影響は、真珠広場周辺など一部に限られており、バーレーンとサウジを結ぶ海上高速道路(コーズウエー)やバーレーン国際空港などは問題なく機能しているほか、商店もおおむね平常どおり営業している。しかし、現地日系企業によると、広場周辺の政府機関では休みをとる職員も多く、行政手続きなどに遅れも生じているという。
市場の反応をみると、バーレーン証券取引所の株価指数はデモ発生から24日に2.73%下落するまでは大きな変動はなく、騒乱の影響はごくわずかだった。一方、金融情報会社マークイットによると、政府債の保証コストを示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS、5年物)のスプレッドは16日、1年半ぶりの高水準となる285ベーシス・ポイント(bs)を付け、その後もさらに上昇。21日に米大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズが、バーレーンの信用格付けを1段階引き下げてシングルAマイナスとした後には、312bpまで上昇しており、企業の資金調達へのマイナスの影響も懸念される。
バーレーンには18社の日本企業が進出しているが、その事業活動にも影響が出ている。再び騒乱が拡大する可能性も考慮して、2月下旬に入って駐在員の家族を帰国させるなどの対応を取っているほか、駐在員を出国させ、ドバイで待機させるなどしている企業もある。広場付近に事務所を持つ企業は休業・自宅待機などの対応をしているところもあるが、広場から遠く、通勤にも影響がない地区に事務所を構える企業は平常どおり活動しているところもある。臨時休校していた日本人学校は、2月28日の週には授業を再開する予定だとしている。
日本の外務省は18日、渡航情報を「渡航の是非を検討してください」に引き上げた。バーレーンに進出していない日本企業でも、これを受けて出張を自粛する企業が増えている。ダンマンなどサウジ東部州で事業を行っている企業は、バーレーン国際空港〜コーズウエー経由で行き来する場合もあるが、一部企業はこのルートでの往来も控えている。デモが続けば、こうした対応が当面続くだろう(2011年2月24日記事参照)。
<周辺国でもデモが散発>
周辺国の首脳も神経をとがらせている。湾岸協力会議(GCC、注)加盟国は2月17日夜、マナマで緊急の外相会議を開催。会議後の声明で、政治、経済、治安、国防のすべてでバーレーンを支援すると発表。さらに国外の勢力の干渉を拒絶するとし、イランやイスラム原理主義勢力の伸張を牽制している。
一方、周辺国でも引き続きデモが散発している。オマーンでは1月17日に続く2月18日のデモ行進に数百人が参加し、汚職追放、賃上げ、物価引き下げなどを訴えた。治安当局との衝突はなかったが、同日にはクウェートでも遊牧民系の無国籍住民によるデモが行われ、ロイターによると約30人が負傷し、50人ほどの逮捕者が出た。ロイターはサウジでも、17日にシーア派による小規模なデモが発生したと報じている。
国民の不満を抑えるため、こうした国々では一様に一時金の支給や賃上げなどの対策を打っている。オマーン国営通信オマーン・ニューズ・エージェンシーは15日、同国政府は民間部門のオマーン人労働者の最低賃金を43%引き上げ、月額200オマーン・リヤル(約4万3,000円)にしたと発表。クウェートでは1月に国民1人当たり1,000クウェート・ディナール(約30万円)と14ヵ月間の食料無料配給を、バーレーンでは2月11日に1世帯当たり1,000バーレーン・ディナール(約22万円)の支給を決定している。
ただ、各国ではこれらの決定の後にもデモが発生しており、国民の不満解消の特効薬にはなっていない。サウジではアブドゥッラー国王の帰国直前、無利子住宅ローンや社会保障の拡充、失業対策、奨学金の拡充、公務員給与15%引き上げなど、総額350億ドル規模の経済・社会対策を実行するための国王令が公布された。一方で、フェースブックでは3月11日にサウジでのデモを呼び掛ける動きもあり、なお予断を許さない。
<軽視できない騒乱拡大リスク>
サウジなど周辺各国で大規模デモが発生して内政が大きく混乱するような事態に陥る可能性は、今でも低いとの見方が多い。しかし、「チュニジアとは違い、政権が崩壊する可能性はない」という識者や現地政財界関係者も少なくなかったエジプトでは、ムバラク大統領が辞任に追い込まれ、飛び火の可能性は少ないとみられていた湾岸諸国でもバーレーンで混乱が広がるなど、一連の騒乱は予想をはるかに上回る規模と速さで展開しており、多くの国で大小の混乱が生じる可能性は排除できない状況だ。
バーレーンはほかのGCC加盟国に比べて財政余力が小さく、特殊な宗派構成を持つなど、周辺国とは異なる事情もある。クウェートでは政府と議会の対立による政治停滞が常態化しており、サウジでは東部州にシーア派住民を抱えるなど、それぞれ固有の不安定要因がある。失業率にはばらつきがあるものの(表参照)、騒乱リスクが最も低いとみられているUAEやカタールでも、自国民に限るとおしなべて高くなる。
湾岸の大国サウジに騒乱が飛び火すれば、域内の混乱は避けられず、企業活動にも大きな影響が生じるため、域内の外国企業は状況を注視しつつ、情報収集に当たっている。
(注)サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール、バーレーン、オマーンの6ヵ国で構成。
(宮崎拓)
(バーレーン・GCC<湾岸協力会議>・中東・北アフリカ)
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