2017年の最低賃金上昇率は8.25%に決定-インドネシア最新労務事情(1)-

(インドネシア)

アジア大洋州課

2016年12月21日

 インドネシアは、2000年代後半から「第3次進出ブーム」と呼ばれる日本企業のラッシュに沸いたが、近年は製造拠点としての進出に一服感がみられる。人材不足も指摘される中、インドネシアは生産性を高め、周辺のアジア諸国との競争に勝ち抜かなければならない。ジェトロは10月31日~11月4日、進出日系企業(ジャカルタ近郊、中部ジャワ州)を対象に労働、雇用にかかる事情についてインタビュー調査を行った。それらを基に、労務コスト上昇、雇用確保や人事・労務管理、労働組合への対応策などについて3回に分けて報告する。第1回は、賃金に関する事情について。

2017年の最低賃金、全34州で確定>

 ハニフ・ダキリ労働移住相は1017日、2017年の最低賃金の上昇率について、原則として前年比8.25%を上限とすると発表し、インドネシア全34州知事宛てに書面で通知した。政令2015年第78号(20151023日付)により、2016年から最低賃金の決定公式が「前年の物価上昇率」と「前年の経済成長率」の和で算出するように規定された。これにより、2017年の最低賃金は物価上昇率(3.07%)と経済成長率(5.18%)の和である8.25%に決定した。

 

 インドネシアの最低賃金は州ごとに設定され、毎年11日に改定される。州によっては、そこから県・市レベル、さらには業種別分類で、県知事、市長がそれぞれの水準を決定している(業種の種類は、各地域の主要産業によって異なる)。各州は111日までに、県・市は1121日までに決定・発表することが義務付けられており、2017年分については、1128日までに全国34州の最低賃金が確定した。

 

<カラワンの最低賃金は過去5年で3倍弱に>

 2013年以降、日本企業が多く進出する地域では、州や県・市ごとに決定される最低賃金が急激に上昇した(表参照)。例えば、2013年のジャカルタ特別州の最低賃金は前年比44%増の月額220万ルピア(約19,360円、1ルピア=約0.0088円)と決められた。同年、周辺の州または県・市、例えば西ジャワ州カラワン県においては6割増にまで高騰した。同県では、2011年と2016年を比較するとルピアベースで3倍の水準に迫った。毎年の最低賃金上昇率がどの程度になるのか予見できないことが、特に労働集約型企業にとって大きな懸案事項となっていた。

表 主要州または県・市の最低賃金推移

 かつてのスハルト政権下では、中央政府(労働移住省)が最低賃金を決定していたが、2000年以降、地方分権化の流れとともに、各州知事または県・市の首長が、政労使3者で構成される最低賃金審議会の意見を参考に決定するプロセスへと変更された。しかし、その決定に当たってはストライキ権を持つ労働団体が強くアピールすることもあり、政治的な駆け引きが色濃く反映され、物価上昇を大きく上回る上昇率となる傾向があった。ユドヨノ前大統領が201211月末に、「低賃金の時代は終わった」と、最低賃金の引き上げを容認する発言をしたことも後押しした。

 

 しかし、201410月に発足したジョコ現政権は、昨今の最低賃金の急上昇が投資家に対して事業運営上の不確実性を与えるものだとし、政令2015年第78号により最低賃金の上昇率を基準化したことに伴い、2016年は物価上昇率(6.83%)に経済成長率(4.67%)を加えた11.50%となった。

 

 最低賃金の上昇率の公式化以外にも、最低賃金の設定基準となる「適正生活水準(KHL)」について、項目見直しをこれまでの毎年から5年ごとに変更した。KHLは、労働者1人が最低限の生活をするために必要な経費を調査により算出したものだ。最低賃金決定の目安とされ、各州や県は、KHLに近づけることが求められている。各州の労働事務所が調査して算出するKHLは、生活必需品46品目から成っていたが、2012年から労働者側が要求した14品目が追加されて60品目に増え、KHLの上昇をもたらしたことで急激な最低賃金上昇の要因となった。現在、労働者側は60品目から84品目への拡大を要求している。

 

 他方、同政令では、使用者側に対して「階級、役職などによる給与体系を保有すること」を義務付けた。これにより、会社ごとに従業員の給与テーブルを作成して全従業員へ通知するほか、労働協約や就業規則に明記し、労働局への提出を義務付けている。ただし、運用に当たって現実的でない点も多く指摘されており、2年間の猶予期間が設けられていたため、その運用に向けての動向に今後、注意が必要だ。

 

<依然として低水準だが、急激な上昇に懸念>

 政府の取り組みに対して、日本企業からは総じて歓迎の声が聞こえる。電気・電子A社は、賃金決定の公式化により先行きの不透明感が薄れたことは一定の評価ができる、としている。

 

 他方、自動車B社は「賃金はまだ低水準だが、このままの上昇カーブを描けば、大きな負担となる」と慎重にみている。同社では、最低賃金ラインに近い従業員(高卒1年目、独身)の昇給率が先輩の従業員よりも高くなることから、勤続年数が長い従業員と短い従業員の差が縮小している。インドネシアの製造現場のワーカー給与は一般的に年功序列で決まることが多く、給与が低いほど上昇しやすく、高いほど上昇しにくい。同社では、労働組合からは是正を求められているが、2015年から続く自動車や二輪車市場の低迷下では対応が難しいという。ジェトロによる「在アジア・オセアニア日系企業実態調査」でここ3年間の賃金上昇率を確認すると、インドネシアの2016年の作業員賃金(平均)はフィリピン、ベトナムとほぼ同水準で、タイや中国よりも低い。ただし、賃金ベースアップ率(平均)では、2014年(14.2%)、2015年(12.3%)、2016年(12.9%)と前年比2桁の上昇を示し、調査対象国で最上位グループに属する。

 

 機械C社は、急激な賃金上昇によって、生産拠点としての競争力を失うことを懸念している。タイにも拠点を持つ同社にとって、インドネシア拠点は国内向け拠点としての位置付けだが、生産性を比較するとタイよりも3割程度劣るという。インドネシアの労働賃金はタイと比較すると低いが、輸出拠点として発展するには、急激な賃金上昇に加えてサプライヤー不足など課題が多い。

 

<中部ジャワの賃金は首都圏の半額>

 インドネシアへの日本企業進出は首都圏に集中しているものの、業態や形態によっては、地方都市への進出もみられる。縫製業をはじめとした労働集約型産業では、中部ジャワ州、ジョクジャカルタ特別州の地方都市やさらなる遠隔地に立地している。最低賃金は首都圏の約6割の水準で、これらの多くは輸出志向型生産の企業が多い。例えば、地場財閥のジャバベカとシンガポール政府系企業セムコープが合弁で開発している「クンダル工業団地」は、中部ジャワ州の州都スマランの西方20キロに位置する新しい工業団地で、クンダル県の最低賃金は1639,000ルピア(前年比18.5%増)と、ジャカルタと比べ50%程度も低い。ただし、ハード、ソフトの両面でインフラが十分でなく、部品や原材料の調達環境も決して良好とはいえず、輸出志向型企業の地方展開はまだ限定的だ。

 

(藤江秀樹)

(インドネシア)

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