フレキシキュリティの矛盾解決に向けて対策を検討−欧州各国の雇用政策の現状−

(デンマーク)

コペンハーゲン発

2009年07月09日

柔軟な雇用と手厚い失業補償を組み合わせたフレキシキュリティと呼ばれる独特の労働制度が高く評価されているが、労働力不足と失業保険手当支出の増大というひずみも出ており、政府は対策に着手し始めた。

<労働者不足なのに失業者が増える>
デンマークの労働制度の特徴であるフレキシキュリティ(Flexicurity)とは、柔軟な雇用(Flexibility)と、失業時の給与保障(Security)を合わせた造語だ。雇用と解雇を比較的容易に行える、雇用者にとっての「柔軟な労働市場」、失業者を早く労働市場に再統合するための「積極的労働市場政策」、最長4年間、最大で失業前の賃金の90%まで補償される「寛大な失業保険」の三者が、いわゆる「黄金の三角形」を形成するフレキシキュリティの根幹となっている。

フレキシキュリティは、欧州委員会からもEUの雇用政策のモデルとして積極的に評価されており、デンマークの労働市場政策はオランダとともに、しばしばその成功例として語られている。

しかし、人口550万人のデンマークの労働市場は、従来から好況時に労働力不足に陥りやすいという問題点を抱えており、実際に2008年の就業率をみると、EUの中では最も高い78.1%(EU統計局)となっている。失業率も経済危機直前の08年9月には1.7%まで下がっていた。

このため、業種によっては常に労働者不足になっている一方で、08年秋以降の世界的な不況によって失業者が急増し(09年4月の失業率は5.5%:EU統計局)、失業手当給付が急増するという矛盾した状態となっている。

<失業保険の期間短縮などを提言>
政府にとって、失業手当給付の急増は深刻な問題だ。10年から実施される減税策の影響もあり、今後数年は歳出が歳入を超える見通しだ。政府の15年の計画上の予算によると、雇用政策の分野は年間140億デンマーク・クローネ(以下DKK、1DKK=約18円)の赤字になるという予測がでている。

その一方で、深刻な労働力不足もいまだに解決されていない。政府に諮問された専門家による労働市場委員会が08年9月、以下の4点で具体的な改善案を示した中期提言報告を出した。この報告は、失業給付受給者の労働市場への復帰、外国人労働者の招致、現在の労働力をより長く市場にとどめる努力などによって、問題解決を図るというのが主な趣旨。

(1)失業保険給付期間の見直し:最長給付期間を4年から2年へ短縮する。景気によって1年半(好況時)から2年半(不況時)と変動させる。

(2)積極的労働市場政策:失業期間を半年まで、半年から1年まで、2年目以降の3つのフェーズに分け、労働者個人の適性の発掘、より早期の再就職訓練開始、目的別の教育訓練、を行うことで再就職を促し、手当の受給者から労働者に移行させる。

(3)外国人労働者の招致:労働ビザを発給する高技能の職種(ポジティブリスト)の幅を広げる。また、高額所得対象者(ジョブカード、注)の対象年収を37万5,000DKKから30万DKKに引き下げ、積極的に労働ビザを発給する。

(4)早期退職者用年金の見直し:09年から12年の間に、現在の60歳となっている早期退職者用年金の受給年齢を毎年半年ずつ引き上げ、最終的に62歳にする。また、現在の仕組みでは、早期退職は60歳から可能だが、その開始を2年遅らせるとボーナスが支給される。それを3年遅らせた場合に支給する

こうした雇用政策改革によって、現在の福祉受給者が最低5万人は労働市場に復帰し、一般的なフルタイムの職に就くことを見込んでいる。これは諮問委員会からの提言で拘束力は持たないが、最終報告書は09年の夏に提出される予定で、それによっては現在のフレキシキュリティの根幹が変わる可能性もある。

<失業給付の自治体移管で職業訓練の「質」の低下も>
09年8月1日からは、失業手当の給付業務が国から地方自治体に移管される。これまでは、失業保険給付は国、失業保険非加入の失業者を含めた生活困窮者に対する生活保護給付は自治体の管轄となっていた。今後は失業保険加入の有無を問わず、失業者への支援は各自治体のジョブセンターが行うことになる。一見、管轄の変更にすぎないようにもみえるが、これは67年以来もっとも大きな雇用制度改革であるとさえいわれている。

今後、自治体が失業保険給付を管理するようになると、失業保険給付金は自治体が給付し、事後的に国から再就職訓練参加期間分には75%、非参加期間分には50%が還付される。失業者の再就職訓練にかかる費用全体については、1人当たり年1万8,500DKKを上限として、50%が国から還付される。つまり、再就職就業支援費用を後で国が自治体に還付する制度になるが、自治体へのインセンティブとして、国内を8つの地域に分け、その自治体の属する地域の平均より当該自治体の失業率が低ければボーナスが出る一方、平均より高ければ還付金が減額される。

また、10年までは失業後18週間分の就業支援費用を国が負担するが、この期間は漸次短縮され、13年には失業直後の4週間だけになる。このため、失業者を早く労働市場に送りこまないと、自治体の財政が逼迫することになる。こうした政策について、自治体は失業者個人の適性に合った教育訓練や就業支援といった「質」ではなく、ひたすら数値を上げる「量」をこなすことが求められるようになる、と懸念する声も聞かれる。

<労働者は継続職業教育を自衛策として活用>
今後、デンマークの雇用政策の中で職業訓練・教育が軽視される恐れもあるが、継続職業教育は、失業時の積極的労働市場政策の重要な要素であると同時に、職に就いている間も熱心に行われてきた。EUによると、00年から07年までに継続職業教育に参加している人の割合が、デンマークでは19.4%から29.2%に増加している。EUの平均は同期間に7.1%から9.7%に増加したにすぎず、デンマークの増加の顕著さが目立つ。さらに経済危機後は、労働者が解雇への自衛策として、 継続職業教育を利用していく傾向にある。

(注)国内では労働力確保が難しい特定産業部門(発足当初は医療部門)に限り、外国人労働者の滞在・労働ビザの発給審査を簡素化した措置で02年7月に導入された。07年5月1日から産業部門を限定せず、一定以上の年収のみを条件とするようになった。

(安岡美佳)

(デンマーク)

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