政策の重点は「経済発展の保持」に
北京発
2008年10月17日
米国金融市場不安が中国経済に与えている影響は、現状では限定的との見方が大半となっている。2008年の経済成長率は07年に比較すれば減速しているが、これは外部環境の変化というよりも、景気過熱を抑制するための政府のマクロ政策によるところも大きく、総体的には高成長を維持していると評価されている。他方、世界経済が一段と減速する中で、有識者の間でも国内経済の先行きに悲観的な見方が広がりつつあり、政府はマクロ経済政策の軸足を「経済発展の保持」に移しつつある。
<金融不安の影響は現状では限定的>
中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議(三中全会)が10月12日に閉幕した。主要議題は農村改革だったが、それ以上に注目されたのが、米国発の国際金融不安が世界経済を揺るがす中で、今後のマクロ経済政策運営をめぐる議論だった。
閉幕後に公表されたコミュニケは、中国経済の現状について「総体的には良好で、経済は比較的速い成長を保持しており、金融機関の経営も健全であることから、基本的に変化はない」と強調している。しかし、他方では、「国際金融市場の動揺は激化しており、世界経済の成長は明らかに減速している。国際経済環境の不確実・不安定な要因は増大しており、国内経済の運営にも突出した矛盾や問題が存在している」との認識も示している。
その上でコミュニケは「柔軟かつ慎重なマクロ経済政策を取り、国内需要とりわけ消費の拡大に尽力し、経済、金融、資本市場、社会の安定を保持、経済社会のより良くより速い発展を推進しなければならない」と述べている。
国際金融不安が中国経済に与えている影響について、当地の学者やエコノミストの多くは、現状では限定的と見ている。08年の中国の経済成長率は、第1四半期が10.6%、第2四半期が10.1%と、07年通年(11.9%)に比べれば確かに減速しているが、総体的には高成長を維持していると評価されている。経済が減速してきているのは、過熱状態にあった景気がソフトランディングの方向に向かっているためで、マクロ経済政策上はむしろ好ましいというのが政策担当者の見解となっている。
直接的には金融機関への影響が考えられるが、サブプライム・ローンや経営破綻した米投資銀行リーマン・ブラザーズに関連した債券の保有額は、公表されている限りでは、総資産に占める比率が小さく、財務状況に重大な損失が及ぶ可能性は低いとみられている。むしろ、有識者の中には「中国の金融市場が閉鎖的であったおかげで、今回の問題で大きな影響を受けずに済んだ」という意見もあるほどである。このような考え方が大勢を占め、中国の金融市場の開放をより一層遅らせてしまうことをマーケット関係者は懸念している。
<先行きについては悲観的見方が徐々に増加>
とはいえ、世界的な金融不安が一段と深刻化する中で、有識者の間でも経済の先行きに悲観的な見方が徐々に広がりつつある。マクロ経済政策を担う国家発展改革委員会の経済研究所は、経済運営の上で楽観できない問題として、a.輸出の減少や生産コストの上昇などを背景とした中小企業の経営難、b.企業の利益低下に伴う雇用と個人所得に対する圧力の高まり、c.株式・不動産市場の調整リスクの増大、の3点を挙げており、今後のマクロ経済政策に対する調整圧力になり得ると指摘している(「中国証券報」10月14日)。
また、中国人民銀行(中央銀行)の李超スポークスマンは「世界経済が減速し、外需が弱まれば中国経済に対して一定の影響が及ぶことは避けられない」との見解を示している(「第一財経日報」10月12日)。輸出の減速に加えて、世界的な信用収縮が続けば、先進国からの対中直接投資にも影響が出る可能性は否定できない。
実際、最近公表された経済統計をみると、経済調整を示すような数字が少なくない。
9月の輸出は前年同期比21.5%増の1,364億ドルと、依然として20%を超える伸びを示しているものの、伸び率は07年通年(25.7%)に比べると明らかに低下している。輸入は21.3%増の1,071億ドルにとどまった。貿易黒字は293億ドルと単月ベースでは8月に次いで2ヵ月連続で過去最高を更新したが、これは年初から30%余りの伸びが続いていた輸入が8〜9月に減速したことが大きい。この背景には、国際的な商品価格の下落もあるが、内需の減少を受けて、国内生産が減産傾向にあることが主因と見る向きもある。
9月の自動車販売台数は前年同期比2.7%減の75万1,500台と、2ヵ月連続の前年割れとなった。国家発展改革委員会直属のシンクタンクである国家信息センターの徐長明・信息資源開発部主任は「マクロ経済動向と自動車販売台数は関連性が高く、経済成長の減速は、自動車販売台数に必ず影響する」と指摘する。自動車販売台数は、07年は879万台に上り、08年には1,000万台に達することが期待されたが、大台を突破することは、現状ではかなり困難な情勢だ。徐主任は、08年は前年比7%増の940万台にとどまるのではないか、と予測している。
思わぬ損失も顕在化してきた。「北京晨報」(10月14日)によると、中国版政府系ファンド(SWF)として、07年9月に設立された「中国投資」(CIC)は、米投資ファンド・ブラックストーンと米投資銀行モルガンスタンレーに合計80億ドルを出資していたが、株式の大幅な下落から61億ドルの評価損を出しているという。さらには、同社の子会社が54億ドルを出資している米投資ファンドが巨額のリーマン・ブラザーズ関連債券を保有しているとも報じられている。
<成長率8〜9%なら財政出動も>
中国政府は、08年下半期の経済運営について「経済の安定した比較的速い発展の保持、および物価の急速な上昇の抑制をマクロ調整の主要課題とする」という、「一保一控(1つの保持と1つの抑制)」を方針として掲げていたが、2月に8.7%に達した消費者物価指数(CPI)上昇率は、8月には4.9%まで低下しており、現状ではインフレ懸念は後退しつつある。三中全会のコミュニケでもインフレに対する指摘はみられない。このため、政府は「経済発展の保持」に政策の軸足を移しつつあり、中国人民銀行は9月、10月と2ヵ月連続で利下げと預金準備率の引き下げを行っている(2008年9月17日記事、10月10日記事参照参照)。
08年通年については10%前後の経済成長率を予測する向きが多いが(国家発展改革委員会経済研究所と中国社会科学院はともに10.1%と予測)、09年については、米国経済の減速を受けて中国の輸出が大きな影響を受けた場合、8%程度まで低下するのではないかとの見方も増えつつある。経済成長率の警戒水準は8〜9%との見方もあり、今後成長率が低下してくれば、政府は大幅な下振れを回避するため、景気刺激策を打ち出す見通し。
政策の方向性としては、世界経済の減速を受けて、輸出の伸び率は低下しており、消費も大幅な増加は期待できないことから、公共投資などによる固定資産投資の増加といった財政出動が政策の柱になるとの見方が多い。
10月20日には第3四半期の経済統計が発表される。さらに、09年の経済政策を決定する中央経済工作会議が年内に開催される予定だ。
国家信息センターの祝宝良チーフエコノミストは、内需の減少に伴い物価上昇圧力が低下していることから、09年は「一保一穏」(経済発展の保持と物価の安定)にすべきではないか、との見解を示している(「21世紀経済報道」10月10日)。
(真家陽一)
(中国)
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