税制改正の緊急命令、2018年1月から適用の見通し-社会保険制度の改定は日系企業にも影響大-

(ルーマニア)

ブカレスト発

2017年11月22日

政府は11月8日、社会保険制度の改定などを盛り込んだ、税制改正に関する緊急命令を発令した。企業からは、従業員の賃金改定などに多大な手間が生じるとして、困惑の声が上がっている。本改定は2018年1月1日から適用される見通しだが、実施まで約7週間というタイミングで出された今回の緊急命令に対しては、経済界や野党出身の現職大統領のみならず、与党出身の市長らも批判するコメントを出している。

大きな変更点は社会保険制度の改定

政府は11月8日、法令227/2015の税制改正に関する緊急命令を出した。本改定には、社会保険制度の大幅改定、個人所得税率の10%への引き下げ、中小企業に対する法人税制度の変更、などが盛り込まれている。本改定は11月10日付の官報で公示され、2018年1月1日に適用を開始する見通しとなった。

今回の改正の中で、日系企業にとって最も影響が大きいとみられる変更点は、社会保険制度の改定だ。社会保険の負担率が、雇用者から被雇用者に大幅に移行されることになる(表1参照)。現行の負担率は雇用者22.75%、被雇用者16.5%の合計39.25%だが、改定後は雇用者2.25%、被雇用者35%の合計37.25%となり、合計で2ポイント引き下げられる。具体的には、現行制度では雇用者と被雇用者の双方で支払われている年金保険と健康保険が、一律被雇用者の負担となる。また、新規で「労働保険」の項目が設定され、これまでの失業保険、労災保険、傷病手当保険、賃金保障基金をカバーすることになり、社会保険制度の項目が6つから3つに削減される。

表1 社会保険制度改定の概要(単位:%、△はマイナス値)
種類 現行の負担率 2018年以降の負担率 増減
雇用者 被雇用者 合計 雇用者 被雇用者 合計
年金保険 15.80 10.50 26.30 25.00(注1) 25.00 △1.30
健康保険 5.20 5.50 10.70 10.00 10.00 △0.70
失業保険 0.50 0.50 1.00 2.25(注2) 2.25 0.00
労災保険 0.15 0.15
傷病手当保険 0.85 0.85
賃金保障基金 0.25 0.25
合計 22.75 16.50 39.25 2.25 35.00 37.25 △2.00

(注1)労働条件によって、4%もしくは8%が加算される。
(注2)労働保険。
(出所)政府資料

従業員のグロス賃金引き上げが必要に

今回の税制改正では、個人所得税率は現行の16%から10%へ引き下げられることになったが、一方で社会保険の負担義務が被雇用者にしわ寄せされることになったため、従業員に現行の税制下と同水準の手取り給与を保証するためには、企業は従業員の額面給与を引き上げる必要がある。例えば、現在の額面給与が5,000レイ(約14万円、1レイ=約28円、レイは通貨単位レウの複数形)の従業員に対して手取り額を維持するためには、額面給与を20%引き上げ6,000レイにする必要がある。この試算の場合、社会保険料を含めた企業の実質負担額は2.5レイの節約、従業員の手取り給与は3レイ増えるという計算となる(表2参照)。

表2-1 賃金改定の計算例
((1)現行の税制と(2)税制改正後(賃金5,000レイ)、(3)税制改正後(賃金6,000レイ)の比較、単位:レイ)
負担者 負担率(%) 負担額 雇用者負担額 被雇用者手取り額
所得税課税前 所得税課税後
(1)現行
(5,000レイ)
雇用者 22.75 1,137.5 6,137.5
被雇用者 16.5 825 4,175 3,507(16%)
(2)改正
(5,000レイ)
雇用者 2.25 112.5 5,112.5
被雇用者 35 1,750 3,250 2,925(10%)
(3)改正
(6,000レイ)
雇用者 2.25 135 6,135
被雇用者 35 2,100 3,900 3,510(10%)

(出所)政府資料

表2-2 賃金改定の計算例補足:(1)現行の税制との比較(単位:レイ)
比較対象 雇用者負担額 被雇用者手取り額(所得税課税後)
(1)現行の税制と(2)税制改正後(賃金5,000レイ)との比較 △1,025 △582
(1)現行の税制と(3)税制改正後(賃金6,000レイ)との比較 △2.5 3.0

(出所)政府資料

経済界や市民からは批判の声が相次ぐ

現行の税制下での従業員の手取り給与の水準を保証するためには、従業員一人ひとりの給与に対し、こうした改定作業が必要になる。社会保険料の見直しと併せ、2017年末までの短期間に対応を迫られるため、企業にとっては多大な手間が生じることになる。今回の税制改正について、企業や雇用者組合、投資団体などの経済界からは批判の声が相次いでいる。市民や労働組合側も、増加する被雇用者の社会保険負担分を企業が給与に上乗せするかは企業次第で、手取り給与の水準が維持されない恐れがあるとして、批判している。こうした批判に対し、イオナット・ミサ財務相は「今回の改正は企業の負担を増やすことなく、従業員の手取り賃金の増加につながるもの」と説明している。

法人税を改定、多国籍企業に対する租税回避対策の導入も

そのほか、今回の税制改正では、中小企業に対する法人税の改定と、多国籍企業に対する租税回避対策の導入も発表された。現行のルーマニアの法人税は、利益に対し16%を課す「利益税」だ。一方で、年間売上高50万ユーロ未満の企業に対しては、売上高に1%を課す「売上税」の制度を採用している(注)。今回の改定で、売上税の売上高の基準が年間100万ユーロ未満に引き上げられることになったため、低利益率の中小企業にとっては売上税の対象となることは大きな痛手だ。

多国籍企業の租税回避対策としては、EUによる租税回避対策を規定した「欧州理事会指令2016/1164」(詳細はジェトロ・ウェブサイトのEU税制ページ「租税回避対策」を参照)の国内法制化を求められている。本指令の導入により、控除対象となる利子の上限を定める利子制限や、知的財産権の域外への移動に対して課税する出国課税が導入されるとみられる。

実施まで約7週間というタイミングで出された今回の緊急命令に対しては、クラウス・ヨハニス大統領(野党・国民自由党出身)も「財政の混乱につながる」として批判するコメントを出している。また、ブカレスト市長をはじめとする与党・社会民主党出身の市長らからも、所得税の減税により税収が大幅に減少するとの批判が出ている。ドイツ商工会議所も、今回の税制改正のように、急に導入が発表されるルーマニアの財政政策の不確実性を懸念するコメントを出している。ルーマニアでは、場当たり的な税制変更が頻繁に行われており、批判が高まると変更を取り下げるようなケースもある。

(注)被雇用者が1人以上いる場合。被雇用者がいない場合は3%。

(藤川ともみ)

(ルーマニア)

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