EU・米国の関税合意、ドイツ政府は評価も産業界は懸念

(ドイツ、米国)

ベルリン発

2025年07月31日

EUと米国が7月27日、相互関税に関する枠組み合意に達した(2025年7月29日記事参照)。貿易紛争のさらなる激化は回避され、ドイツ連邦政府は合意に一定の評価を示した一方、ドイツの産業界や専門家からは懸念の声が上がっている。

フリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟:CDU)は7月27日、交渉合意を歓迎する旨の声明を発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、ドイツ語)。欧州委員会の交渉努力に感謝の意を示すとともに、貿易戦争を回避できた点を評価。特に27.5%から15%への関税率引下げとなった自動車産業について、「迅速な引き下げが極めて重要」と述べた。一方、翌28日にはドイツメディアに対して、この結果に満足しているわけではないが、これ以上の成果が得られなかったのは明らかだとコメントした(現地紙「ミュンヘナー・メルクーア」7月30日)。交渉合意から一晩を経て、慎重な評価へと変化が見られた。また、カテリナ・ライヒェ経済・エネルギー相(CDU)は、ドイツメディアに対し「EUは米国との貿易紛争において弱腰な立場から交渉を行った。欧州は競争力を高め、経済大国として存在感を示すべきであり、規制大国に陥ってはならない」と指摘した(ドイツ公共放送ARD「ターゲスシャウ」7月29日)。

産業界からは懸念の声が相次いだ。ドイツ産業連盟(BDI)は「15%の関税率でさえ、輸出志向のドイツ産業に計り知れない悪影響を与える」と指摘する。ドイツ商工会議所連合会(DIHK)は、「ドイツ経済はひとまず安堵(あんど)できる」と一定の評価を示しつつも、ドイツや欧州の経済にとっては代償も大きいと指摘。ドイツ自動車産業連合会(VDA)は貿易紛争の激化回避を評価しつつも、「15%の関税による年間数十億ユーロの負担は、変革期にある産業にとって大打撃」と懸念を示した。

ドイツ卸・貿易協会(BGA)は「痛みを伴う妥協」と表現。ドイツ化学工業会(VCI)は「さらなる悪化は回避されたが、欧州の輸出競争力は低下し、米国の顧客が関税を負担することになる」とコメントした。ドイツ機械工業連盟(VDMA)は、予測不能な貿易戦争を回避したことは評価できるとしながらも、「合意が新たな常態になってはならない」とし、貿易障壁の悪循環からの転換点と捉えるべきと主張した。

ドイツ研究開発型製薬工業協会(VFA)は、医薬品に15%の関税が課されることを「グローバルな医療供給と欧州のイノベーション拠点に対する深刻な後退」とし強い懸念を示した。

主要な経済研究所も交渉合意を受けて声明を発表した。キール世界経済研究所(IfW)は、ドイツのGDPが0.13%減少するとの試算を示し、今回の合意の短期的な経済への影響は限定的としつつも、「多国間貿易システムへの長期的な損害ははるかに大きい」と批判的な見方を示した。ドイツ経済研究所(DIW)は、「関税戦争の回避」として一定の評価を示しながらも、15%という関税水準は従来の平均関税の約10倍に相当し、欧州側の譲歩が大きいと指摘した。

(中山裕貴)

(ドイツ、米国)

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