ベースアップ交渉、客観的情報に基づく上げ幅調整を

(マレーシア)

クアラルンプール発

2023年05月10日

マレーシアで進出企業が直面する労務面の課題の1つとして、労働組合とのベースアップ(ベア)交渉がある。1967年労使関係法第14条(2)(b)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)では、労働協約の効果を生じさせる要件の1つに、「労働協約の有効期間が3年以下であってはならない」ことが明記されている(注)。同条項を根拠とし、ベアについても、消費者物価指数の動きなどを目安に、3年先までの昇給率を労使間で決めておくケースが多い。

将来的な経済状況の予測が困難との理由から、昇給率を毎年協議して見直す旨労働協約に盛り込むことは可能だ。ただしこの場合、状況の変化に応じ、逆に組合側からも昇給提案が年ごとに提示される可能性があることを意味する。

紛争解決は使用者側のハードル高い

ジェトロのプラットフォーム・コーディネーターのジョセフィン・ング・ビー・レン弁護士によると(4月26日聴取)、ベアに関連する判例として「マレー半島銀行員連合会対マラヤ商業銀行協会(〔1981〕1ILR136(1981年判決第54号)」があるという。この判例では、従業員の能力と経験から判断される付加価値に基づきベアは決定されるとしつつ、一般的なルールとして、その付加価値に基づく上昇幅は年間給与の5%を超えないものとした。ベアの程度を判定する際に労使関係裁判所がしばしば引用する判例だ。ただし、裁判所は「従業員の付加価値」だけではなく、同付加価値が立証されたものかどうか、使用者に支払い能力があるか、産業の一般的慣行といった他の要素も総合的に加味して判断する。

労使間で交渉がまとまらない場合、調停や労使関係裁判所などの紛争解決制度に判断が委ねられる。その際、使用者側が赤字の状況など相応の客観的情報に基づいてベアを行わない事情を立証する必要がある。操業できている企業にとって立証のハードルはかなり高く、その労力やコストを掛けるより、労使間で交渉を妥結させる方が現実的と判断される。

客観的情報に基づきつつ戦略的な交渉を

ポイントは、ベアは組合から要求される要素の1つだと念頭に置きつつ、経営状況に応じていかにその上げ幅を調整するかだ。ベアを小幅に抑制するには、相応の情報を準備しておくのが肝要と考えられる。とりわけ、新型コロナウイルス感染拡大後のインフレ率上昇も踏まえれば、組合と対峙(たいじ)する際に相応のエビデンスを示す必要があるとの見解をジョセフィン弁護士は示した。

他方で、マレーシア日本人商工会議所(JACTIM)中小企業委員/経営委員の田辺太嘉昭氏は(5月8日聴取)「産業別の組合連合でもタカ派とハト派が存在する」と前置きし、福利厚生などの改善を雇用主側が了承する代わりに、昇給率を抑制するなどの戦略的交渉は十分可能だと指摘した。実際に、進出日本企業が南部地区電子労連との交渉で「昇給に関しては組合と交渉せず、会社の実績と裁量で決定する」ことで合意したケースが存在する。また、条件付きではあるが、成果型賃金体系を採用するためベアを行わないことを裁判所が認めた事例もある。

(注)労使関係裁判所に登録された労働協約の内容は、同裁判所のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで検索できる。

(吾郷伊都子)

(マレーシア)

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