公共交通機関の利用料金は年内凍結、背景に社会騒乱の苦い記憶

(チリ)

サンティアゴ発

2022年04月08日

チリの公共交通機関の専門家委員会が現政権に対し、首都圏州内のバスと地下鉄の利用料金値上げを推奨した、と4月6日に現地メディアT13が伝えた。値上げは、燃料価格を中心とする昨今の国内のインフレ状況に鑑みた上で推奨したもので、バスと地下鉄で30ペソ(約4.5円、1ペソ=約0.15円)ずつ実施する。日本円にすると10円にも満たない極めて少額の値上げで、一見すると利用者への影響も少ないように思える。しかし、翌7日の記者会見で、ガブリエル・ボリッチ大統領自ら、2022年中の公共交通機関利用料金の凍結を発表した。この背景にあるのは、約2年半前に起こった大規模な社会騒乱の記憶があるからだろう。

チリでは2019年10月から、当時の政府が発表した首都圏州内の地下鉄運賃の値上げが契機となり、全土を巻き込む大規模な反政府デモが行われた。一部は暴徒化してインフラや民間企業へも多くの被害をもたらし、最終的には政府が値上げ撤回を発表した(2019年10月29日記事参照)。注目すべきは、当時の政府が予定していた値上げの金額も30ペソで、デモの中で「30ペソではなく、30年だ」というスローガンが使用されていた点だ。これは「デモ参加者が糾弾しているのは、単なる30ペソの値上げ問題ではなく、これまでの30年間にわたって内政をおろそかにしてきた政治体制だ」という意味合いだが、この30年の間に政権の座を占めた中道勢力を批判することで頭角を現し、2021年12月の大統領選に競り勝ったのが現在の左派政権だ。従って、前政権と同じ轍(てつ)を踏まないよう、少額ではあれ、ボリッチ大統領が値上げを回避しようとすることにも合点がいく。

当然のことながら、物価の実態に応じた値上げが行われないならば、相応の補填(ほてん)が必要となる。2019年のデモ以降、首都圏州内の公共交通機関の利用料金改定は行われておらず、今後も政府のアキレス腱(けん)となることが懸念される。

(佐藤竣平)

(チリ)

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