フィンテック振興に本腰-仮想銀行の導入と深セン市との連携に注力-

(香港)

香港発

2018年03月30日

金融・保険サービスは、香港にとって貿易、不動産と並ぶ主力産業の一つである。しかし、香港では他国・地域と比してITを融合した金融サービスであるフィンテック分野の発展の遅れが指摘されてきた。足元では香港特別行政区政府(香港政府)は、その遅れを取り戻すべくフィンテックの振興に向けた具体策を実行している。

フィンテックの遅れに危機感も

香港の金融振興に向けた戦略を立案する政府諮問機関の香港金融発展局(FSDC)は2017年5月、「香港におけるフィンテックの将来(The future of Fintech in Hong Kong)」と題する調査報告書を公表した。

同報告書では、「英国、シンガポール、スイス、オーストラリアはフィンテック振興に向けた施策と規制を整備している。市場規模では、中国がリーダー的な存在といえる。香港は金融セクターが発達しているにもかかわらず、フィンテックの分野については存在力に欠ける」と指摘している。

その上で、香港にとってのフィンテックの重要性について「金融サービス業への就業者数は、香港の総就業者数の6%、GDP総額における金融サービス業の割合は約18%にのぼる。フィンテックは、金融サービスのモデルを劇的に変化させる可能性があり、そのインパクトは香港にとっても大きい」と指摘している。

フィンテック振興に向け7つの措置を公表

上記報告書ではフィンテック分野の発展に向けた香港の強みについて、法の支配や知的財産の保護が保証されていることや、プロフェッショナル・ビジネス・サービスおよび資本市場が高度に発達し、欧米と中国との結接点としての役割を担っていることを挙げている。その上で、香港に適したフィンテック企業について以下のとおり記述している。

  1. アジア・太平洋地区をターゲットとするフィンテック企業
  2. BtoBビジネスを提供するフィンテック企業
  3. 海外進出を目指す中国のフィンテック企業

香港政府は17年下半期以降、フィンテックの振興と企業誘致に向けた動きを活発化させている。

まず、香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)は2017年9月、フィンテック振興に向けた7つの措置を講じると発表した(添付資料参照)。

添付資料の表のうち、実店舗を持たない仮想銀行(バーチャル銀行)の導入について、香港金融管理局の陳徳霖(ノーマン・チャン)総裁は「香港におけるフィンテック振興を後押しする存在」と位置づけている(17年9月に開催された香港銀行学会の年次総会で発言)。

民間企業側も仮想銀行への関心を高めており、香港地場および外資系企業合わせて10社以上から仮想銀行についての問い合わせが香港金融管理局に寄せられた(香港紙サウスチャイナ・モーニングポスト2018年1月25日))。現在、仮想銀行の導入に向けた作業が急ピッチで行われており、香港金融管理局は仮想銀行の認可に向けたガイドラインの改正案にかかるパブリックコメント(意見公募)を18年2月に開始した(コメント期限:3月15日)。提出されたパブリックコメントも踏まえつつ、香港金融管理局は18年5月にも改正ガイドラインを公布・施行する予定だ。

他国・地域とのフィンテック分野における提携強化については、上表のとおりこれまで多くの国・地域との間で協力協定を締結している。中でも、隣接する広東省深セン市との連携を強めつつある。

2018年には、深セン市政府の金融担当部署である深セン市政府金融発展服務弁公室(深セン金融服務室)と共同で、金融機関やIT企業がフィンテックに関する革新的な製品やソリューションを競い合う「フィンテックイノベーション大会」を開催する予定だ。また、香港金融管理局と深セン金融服務室は、香港-深セン間のフィンテック分野のスタートアップ企業の相互進出を促進するための優遇策を整備することについても合意した。人材育成面でも、香港の大学生が騰訊(テンセント)やWeBank、平安科技などの深センのIT、フィンテック系企業で研修を受けるサマーインターンシップ制度を設けることを確認した。さらに、香港への投資誘致を担う香港投資推廣署(InvestHK)は、2016年から開始しているフィンテック関連のイベント「フィンテックウイーク」の一部を、2018年は深セン市でも開催することとしている(2018年のフィンテックウイークは10月29日~11月2日開催予定)

企業数、資金調達額も大きく増加

香港政府はフィンテック関連企業の支援・誘致にも力を入れており、その成果も表れつつある。

フィンテックやビッグデータ、スマートシティ、IoT分野に関するスタートアップ企業を支援するサイバーポート(香港政府全額出資の香港数碼港管理が運営・管理)に入居するフィンテック企業数は、2017年3月の180社から2018年1月には250社へと増加した。

香港金融管理局の陳総裁は、香港投資推廣署が17年10月に開催した第2回「香港フィンテックウィーク」において、「16年に香港で起業したフィンテック企業は、前年比60%増の138社となった」ことを明らかにしている。

加えて、大手コンサルティング会社のアクセンチュアによる分析結果によれば、2017年の香港におけるフィンテック企業への投資額は前年比約2.5 倍の5億4,570万米ドルとなった。オンライン融資プラットフォームを手掛ける香港フィンテック企業の「WeLab」が、フィンテック企業の中で2億2,000 万米ドルと最高額の資金調達に成功した(サウスチャイナ・モーニングポスト、2018年3月1日付)。香港フィンテック協会のムシー・アフメド臨時ゼネラルマネジャーは香港でのフィンテック企業への投資が増えた理由の一つとして、「香港政府がフィンテックの促進策を積極的に講じている」ことを挙げている。

新しい発展分野として香港政府がイノベーションの発展を目指す中、フィンテックがそれを牽引できるかが注目される。

(吉田和仁)

(香港)

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