期待するシンガポール、スリランカには懸念も-SLSFTAの基本的な内容と両国内の反応(2)-
(スリランカ、シンガポール)
シンガポール、コロンボ発
2018年03月02日
シンガポール国内では、スリランカ・シンガポール自由貿易協定(SLSFTA)調印により、スリランカとのビジネスに対する期待が高まっている。シンガポール産業界は早速、フードコート進出などに関する覚書(MOU)をスリランカの現地パートナーと締結した。他方、スリランカ国内では貿易赤字の拡大を懸念する声が多いため、FTA調印と同時に、輸入急増の影響を受けやすい国内産業の保護体制整備を急ぐ。ただ、「外に開かれた経済」を志向するスリランカ現政権の姿勢は一貫しており、今後もさらなるFTA締結を目指している。連載の後編は、両国内の反応について。
シンガポールはスリランカに5回のミッションを派遣へ
シンガポール・ビジネス連盟(SBF)は1月23日のSLSFTA調印に合わせて、情報通信技術(ICT)、不動産開発、ホスピタリティー、インフラ、物流、貿易分野などからなる32人のミッションをスリランカに派遣した(注1)。1月24日に「スリランカ・シンガポール・ビジネスフォーラム2018」が開催され、同ミッションを含む両国関係者150人が参加した。同フォーラムの席上、フードコート運営(2件)、カニの養殖・輸出、ホテル運営の計4つの覚書(MOU)が両国企業によって交わされた。覚書4件の企業と内容は以下のとおり(前者がシンガポール、後者がスリランカ企業)。
- フード・スタジオとワン・ガレ・フェイスによるMOU:シャングリラ・モールにおけるフードコートの設置・運営(スリランカ)
- フード・スタジオとハブロック・シティーによるMOU:ハブロック・シティー・モールにおけるフードコートの設置・運営
- アーク・ホールディングスとBGIによるMOU:シンガポールへの輸出を目的としたカニ養殖場の建設・運営
- HPLホテル&リゾートとセイロン銀行によるMOU:コロニアル調建造物の再開発とフォーシーズンズ・ブランドでのホテル運営(スリランカ)
さらに2018年内に、シンガポール国際企業庁(IEシンガポール)は産業界と協力し、スリランカへ計5回のミッションを計画しているという。シンガポール政府・産業界からは、スリランカとのビジネスに対して強い期待が感じられる。
スリランカ国内では批判的な意見も
スリランカのシリセナ現政権による初のFTA調印に関して、同国内では批判的な意見も散見される。批判の主な理由は、既にスリランカがシンガポールに対して大幅な貿易赤字を抱えている点だ。世界銀行によると、2016年のスリランカの対シンガポール輸出額は1億1,500万ドルだったのに対し、シンガポールからの輸入額は10億ドルだった。シンガポールへの輸出に関してはFTA締結以前から99%の関税が免除となっており、今回のFTA締結はスリランカの貿易赤字を拡大させるとの見方だ。
このような批判に対して、ハルシャ・デシルバ国家政策・経済担当副大臣は1月23日、スリランカ若手経営者団体(COYLE)主催の会合において、「貿易収支は全体を俯瞰(ふかん)して捉えなければならない課題で、ある一国との間の収支に固執していては視野が狭くなる。関税障壁を撤廃し、今まで以上の投資を国内に呼び込むことで、スリランカの稼ぐ力を増強していくことが重要だ。また、インド洋のハブを目指すスリランカにとってFTAなどの枠組みを拡大していくことは必要不可欠だ」と指摘した。さらに同副大臣は「投資を呼び込むだけでなく、今後はスリランカの企業にさらなる海外市場展開をしてもらいたいと考えている」と強調した。
スリランカ国内からは、前述のようなシンガポールからの輸入増加による貿易赤字拡大・競争激化に加え、労働者の流入増加に対しても強い懸念が示されている(シンガポール「ビジネス・タイムズ」紙1月24日)。これらの懸念に対応するため、スリランカ政府は1月22日、不当廉売(ダンピング)、非合法な補助金などの不公正貿易措置に加え、輸入急増に対処するための法案審議を再開すると発表した(注2)。また、スリランカの外国人労働者に対する承認プロセスを透明でバランスの取れたものにすると発表した。
スリランカ政府、さらなるFTA締結を目指す
スリランカ政府は2018年予算案においても「エンタープライズ・スリランカ」というスローガンを掲げ、国際社会における国家としての競争力強化に主眼を置いている。今回のFTA調印は、改革的な経済政策の実行を目指す政権にとって1つの象徴的な成果となり得る。実際に、シンガポールとのFTA交渉は2004年にも試みられていたが、その時は実現されなかった。今回あらためて協議を開始し調印に至ったことについて、シンガポールのリー・シェンロン首相は「現行のスリランカ政府は経済自由化に向けて取り組んでおり、より多くの貿易および投資を呼び込みたいという姿勢が明確だ」とコメントしている(シンガポール「ストレーツ・タイムズ」紙1月24日)。
このように、スリランカ政府は貿易・投資環境の整備に向けて実行力を発揮しつつある。今回の対シンガポールFTA調印を皮切りに、2018年中にインドとのFTA拡充および中国とのFTA締結を目指す。また、スリランカのマリク・サマラウィクラマ開発戦略・国際貿易相は1月25日に開催された「スリランカ・日本経済フォーラム」において、今後タイおよびマレーシアとのFTA締結も視野に入れていることを明らかにした。また、インドネシアのジョコ大統領が1月24、25日にスリランカを訪問し、シリセナ大統領との会談において両国間のFTA締結に向けた検討を開始していくことが確認された(スリランカ「デイリー・ミラー」紙1月26日)。これらの動きに加えて、スリランカでは2017年5月、EUによる一般特恵関税の優遇制度(GSPプラス)が復活しており(2017年7月20日記事参照)、輸出拡大に向けた追い風となっている。今後、一層の貿易・投資環境整備に向け、引き続きスリランカ政府の推進力が試される。
(注1)シンガポール・ビジネス連盟発表資料参照。スリランカ・シンガポール・ビジネスフォーラム2018に絡む内容についても同資料および貿易産業省資料を参照。
(注2)スリランカの「サンデー・オブザーバー」紙(2018年1月21日)は、「セーフガード措置法案」および「アンチダンピングおよび相殺関税法案」の審議が近々再開されるとしていた。
(小島英太郎、山本春奈)
(スリランカ、シンガポール)
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