英国の円滑なEU離脱は世界経済にも好影響-貿易政策の専門家に聞く(2)-

(英国、EU)

ロンドン発

2018年03月27日

英国のシンクタンク、レガタム研究所の貿易政策の専門家シャンカー・シンガム氏に聞く連載の後編。同氏は、英国のEU離脱(ブレグジット)を機に英国は競争的な法規制を持つことが重要で、それにより英国経済、そして世界経済に大きな恩恵があるとみている。

英国単独の交渉でより早くFTA締結が可能に

(問)英国はどのように「開かれた英国」となっていくのか。

(答)英国はEUと比べ、守るものがずっと少ない。EUは(英国も含めると)28カ国を抱えるだけでなく、農業に関する事案があるため、EUにとって〔自由貿易協定(FTAなどの)〕交渉は難しい。一方、EUにとって攻めとなる分野は、金融サービスなどのサービス産業、製薬、知的財産権だ。農業では、生産補助金をみれば、「カップル支払い」と呼ばれる農産物品目別の(補助金の)支払いは、フランスの10億ユーロに対し、英国では3,800万ポンド(約57億円、1ポンド=約150円)にすぎない。英国単独になることで、英国はずっと早く(FTAなどの)交渉をできるようになる。

ほかに英国ができることとしては、環太平洋パートナーシップ(TPP)に加盟することだ。われわれは、日本やオーストラリア、ニュージーランド、チリなどでこの可能性について話をしてきた。そして、TPP加盟国は、英国の加盟についてとても強い関心を持っていることを確認した。ブレグジット以前では、このような発想はまったく考えられなかった。こうした考えは実現可能で、英国にとってとても重要なことだ。実際のところ、世界で最も成長している地域はアジアで、英国の財のEUへの輸出は1999年には貿易額全体の60%以上を占めていたが、それが現在では44%程度(うち4%分は「ロッテルダム効果」といわれる英国の輸出品がオランダのロッテルダム港を経由していることによる上積み)まで下がっている。

(問)英国と米国のFTA(の実現)には多くの障害があり難しいという声をよく聞くが、可能性についてどう考えるか。また、中国やインドといった国々との今後の関係についてどのように考えているのか。

中国に対しては多国間で交渉を

(答)米国は、貿易面でも投資面でもとても大きな市場だ。しかし、いまだ障害もあり、FTAが必要だともいえる。英国にも米国にも障害はあるが、これをいかに修正していくか、貿易交渉の場で話し合っていくべき問題だ。ローカルコンテンツ規制や、サービス制限、ライセンス制限など、話し合うべきことは多い。米国は、(一般的に)思われているような保護主義者ではないと示す必要がある。ゆえにドナルド・トランプ大統領は、英国のような国とFTAを結ぶ必要がある。米国は、何もしなければ、英国のような同胞がEUの規制の中に捕われてしまい、将来にわたりFTAを結ぶことが難しくなってしまう結果になることに気付いている。

中国は、このストーリーとはまったく別だ。中国については、私は英国政府に対して、とても注意すべきだと伝えている。なぜなら、中国が自国の国営企業の削減や、市場をゆがめるような振る舞い、国内の規制障壁および規制のブラックボックスなどの撤廃につながる協定を2国間で合意するとは考えられないからだ。どのような国でも、中国に対して2国間でこのような問題を改善する合意はできない。唯一の道はTPPだ。

インドとは、英国はFTAを結ばなければならない。英国は農業について開放的で、インドは農産物を売りたいと考えている。興味深いのは、EUはインドからのバスマティ米(注)の輸入を禁止している点だ。関税ではなく、残留農薬などの予防的措置の観点からだ。従って、英国が農産物市場を開放すれば、インドはサービス分野などをより開放し、英国は法律事務所や金融、教育サービスなどさまざまなサービス産業へのアクセスが可能となる。EUはインドと10年以上交渉しているが、英国はずっと早くFTAに合意できると思う。英国がそのような開放的な貿易政策をつくり上げることができれば、米国とのFTAや、TPP、インドとのFTAなどによるバランスの取れた貿易政策により、英国は世界のサプライチェーンの一部にうまく組み込まれ、世界経済にも恩恵があるのではないかと思う。また、なによりも英国経済を助け、直接投資先としての魅力がより増すだろう。

今はとても重要な時で、他国の視点から見れば、世界5位の経済大国、世界2位のサービス輸出国、世界2位の投資国が遠のいてしまうかもしれない。WTOシステムにおいて、競争的志向のある英国のような国があることは世界にとって大きな利点で、英国が「ミニEU」のようになることは望まないだろう。もし、英国が競争的な規制制度を有することができなければ、世界経済は2020年ごろに後退するかもしれず、それはとても悪い結果だ。ゆえに、全ての人が英国のEU離脱が成功裏に行われることに賭けているのだと思う。

(注)インドやパキスタンなどで栽培されるイネの品種の1つ。

(佐藤丈治)

(英国、EU)

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