着々と進むビジネス環境整備-インドの投資環境の現状と課題(4)-

(インド)

アジア大洋州課

2018年03月30日

モディ政権は間もなく任期最終年を迎え、2019年早々には総選挙を控える。再選には、投資環境整備でも実績作りが必要だ。高額紙幣の無効化に始まった本格的な経済改革は、破産倒産法の導入、物品・サービス税(GST)の導入へとつながった。今後は労働法や土地収用法の改正などに期待がかかる。連載の最終回は、ビジネス環境整備の現状について。

電子決済の導入を加速させた高額紙幣の無効化

モディ首相は2016年11月8日午後8時、テレビ演説で「500ルピー札と1,000ルピー札の使用を午後12時以降禁じる」との声明を発表した。インドの地下経済の規模はGDPの2~4割に相当するとされ、不正な高額紙幣を不意打ちの措置によって白日の下にさらすことで、根絶につなげたいという意志の現れであった。

モディ首相は2014年5月の就任以来、農民や貧困層などに銀行口座を開設させる国民皆銀行口座制度を進める一方、汚職撲滅のスローガンの下、政府への各種申請や手続きの透明化を進めるなどしており今回の高額紙幣の無効化もその延長線上にある。本措置で廃止された2紙幣は全紙幣の流通量の86%に相当し、庶民は紙幣の交換のために銀行に長蛇の列をなし、消費は混乱、自動車販売などは減退した。政府は紙幣の交換措置の条件緩和などの措置を講じたが、経済成長率は下振れした。

しかし、この措置によって副次的に生まれたのが電子決済の進展だ。現金での支払いが困難になったことを商機と捉えた動きが加速。現金決済が主流のインドだが、Paytm(ペイティーエム)など大手の電子決済会社のシステムを中心に零細小売店から生鮮食料品店までをカバーし、多くの店舗でスマートフォンを使った電子決済が可能になった。同社には中国の電子商取引大手のアリババも巨額の投資を実行をしている。

企業の新陳代謝を促進

インドでは日本の破産法と異なり個人および企業の破産や免責について、包括的に処理する一般法が存在せず、企業の倒産処理にかかわる手続きについて複数の法令が存在し、それぞれの手続きが錯綜して迅速な倒産処理を妨げる結果となっていた。こうした事態を改善すべく、破産倒産法が2016 年12月に施行され、本格的な運用が開始された。この破産倒産法は、企業、組合および個人の倒産・破産手続きを包括的に定め、再生から清算・破産手続きを一体的に取り扱う初の統一法といえる。企業の倒産処理を迅速化し、経済の新陳代謝を促進することが期待される。

間接税体系の刷新

モディ政権は、2017年7月、10年来の悲願であった物品・サービス税(GST)の導入を果たした。GSTでは納税申告の方法と頻度が変わる。複数の州に営業所や工場などの拠点を保有する企業は、州単位で納税者番号を取得し、毎月決められた日にGSTネットワーク(GSTN)からオンライン申告する。税の控除は、GSTN上で販売側と購入側の税務申告内容が一致することが前提だ。税務対応の遅れや誤申告が顧客もしくは自社の不利益に直結することになる可能性も孕む。日系企業の中には、「長年付き合ってきた小規模部品サプライヤーがGSTでの納税に対応が遅れ、やむなく取引を中止した」という事例もあった。

GSTでは物流の効率化にも期待がかかる。GST導入によって、州外への販売に課されてきた中央販売税(CST)は撤廃された。GST導入前はCSTの支払いを避けるため各州に倉庫を設ける企業もあったが、GST導入後は倉庫間移動にも課税されるため、倉庫の集約も見込まれる。物流のリードタイムも短縮しそうだ。トラック輸送の場合、これまでは州境の検問所で入境税やCSTの納税証明書を確認するために長蛇の列に並んでいたが、今後は証明書の電子化などにより、検問所は廃止される見込みだ。

インドを核としたASEAN、アフリカ連結へ

モディ政権は就任以来、投資環境整備に向けた改革を矢継ぎ早に実行し、内外からの投資意欲を掻き立てることに成功した。間接税の大改革といえるGSTの導入は短期的には経済に痛みを伴うものであったが、長期的にはインドの投資環境を確実性の高いものにする材料となることは間違いない。

既にインドの自動車産業は完成車のみならず部品の輸出でも一定の地位を築くまでに成長した。今後発表される新たな自動車政策の下で、EV化の流れをどれだけ自らの成長に取り込むかも注目したい。他方、インドが輸入に依存する電子部品産業を地場に根付かせることができるかは未知数だ。政府による携帯電話等の国産化に対する期待は理解するものの、国内産業が未成熟な現段階で、完成品だけでなく関連部品の関税まで引き上げるという過度な輸入代替策が講じられていることには危機感を抱く。

政府によるインフラ整備の進展には強く期待する。特に日本を巻き込んだインド北東部の開発は興味深い。今日ではインドはASEANからは独立した市場であるとする見方が大半だが、今後インドが輸出競争力を高めれば、ASEANとの物流も単なる調達先としてではなく、ASEANはインドからの輸出先になりうる。こうした将来も見据え、インド北東部を経由して、バングラデシュ、ミャンマー、そしてタイへと抜けるような新たな陸の物流網が整備されることを期待したい。歴史的にインドは、印僑ネットワークを通じ中東やアフリカといった西方市場開拓にも強みがあり、こうした新たな物流網の整備を通じてASEANと西方市場が連結されれば、アジア太平洋地域におけるインドの役割は一層重要なものとなるはずだ。

(西澤知史)

(インド)

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