欧州の政治・経済情勢は変革の時-ジェトロ7事務所長がセミナーで講演(1)-

(英国、EU、ドイツ、フランス、オランダ、スペイン、イタリア)

ロンドン発

2018年03月30日

ジェトロは3月5日「2018年の欧州政治・経済情勢をどう見るか」と題したセミナーをロンドンで開催した。ブリュッセル、ベルリン、パリ、アムステルダム、マドリード、ミラノ、ロンドンの7事務所の所長が、各国の最新の政治・経済事情に関する基調講演やパネルディスカッションを行った。連載の前編。

ブレグジット交渉には危機感も

欧州では2018年に入って、英国のEU離脱(ブレグジット)について移行期間の設定や将来の通商協定に関する交渉が始まり、イタリアの総選挙も実施された。欧州の政治・経済情勢は変革の時を迎えており、日系企業からの情報ニーズが高まっていることから、欧州の7事務所の所長が各国の政治・経済情勢について説明するセミナーを開催した。

ロンドン事務所の坂口利彦所長からは「ブレグジットの最新動向」について説明があった。英国経済は2017年以降、企業の投資が減少した一方で、輸出および個人消費の拡大がみられた。しかし、今後はポンド安と輸入価格の上昇による個人消費の低迷が見込まれ、経済の成長率は1%台となる見込みだという。

3月2日にテレーザ・メイ首相が今後のブレグジットの交渉方針を示す3回目のスピーチを行った(2018年3月5日記事参照)ことについて、坂口所長は「厳しい現実を直視するもので、交渉には妥協が必要とした点が注目されている。産業界は政府が交渉の方針を明確化・柔軟化した点を評価している」と述べた。ブレグジット後の移行期間に関する協定については、英国とEU側であつれきが生じていると指摘。2月にメイ首相が日系企業を対象に夕食会を開いたことなどから、引き続き政府への働き掛けを積極的に行うことが重要とした。

「最近のEU情勢について」説明したブリュッセル事務所の井上博雄所長は、EUでは1人当たりのGDPが加盟国間で大きく懸け離れているとした。また、失業率はチェコやハンガリーでは低い値となっているが、イタリアやスペインは引き続き高いと指摘。ブリュッセルでは、ブレグジットの交渉が本当に終わるかどうか、ロンドン以上に危機感があるという。

米国との関係については、米国が鉄鋼やアルミニウムの輸入関税率を引き上げることに対し、EU側は報復措置も検討している。さらに中国から鉄鋼がEUへ大量流入することが懸念され、EUは緊急輸入制限(セーフガード)措置も視野にあるという。EUは、中国には自国の特定産業への過剰な支援をやめ国際ルールに従うよう、米国にはWTOルールに残るよう交渉を進めているとした。

英国以外の経済は好調

アムステルダム事務所の岡田茂樹所長は「オランダの政治・経済動向」について説明した。オランダは2017年3月に総選挙を行ったが、連立交渉が二転三転し、選挙から7カ月後に連立内閣が発足。同政権の政策合意書が英語、ドイツ語、フランス語など多言語で公表されていることから、国民だけでなく投資家へのメッセージにもなっていると分析した。

オランダ経済はさまざまな分野で好調で、2017年のGDP成長率は3.1%だった。市場規模が小さいため好調な経済がすぐにビジネスチャンスにつながるとは言えないものの、クリーンテクノロジーなどの気候変動ビジネスはチャンスがあるとした。オランダは一般的にクリーンな国と見られる傾向があるが、実際は化石燃料発電の依存度が高いという問題があるためだ。一方、ビジネスでの懸念事項としては過剰な労働者保護の制度を指摘した。ブレグジットの影響については、英国が単一市場、関税同盟を離脱することによって、オランダの中小企業が初めて輸出の手続きを経験することとなり、混乱が生じる可能性があるとした。

マドリード事務所の加藤辰也所長は、「カタルーニャ独立問題の政治・経済的影響」について説明した。メディアでは独立賛成派の活動が大きく取り上げられているが、2017年12月の州議会選挙で独立派は過半数を維持したものの議席を減らしており、独立に向けた動きはトーンダウンしていると説明。2018年1月の世論調査では独立反対派が独立支持派を6年ぶりに上回り、独立に嫌気がさして独立に向けた動きは急速に沈静化していると分析した。経済への影響は、観光や自動車・住宅の販売面などで影響が出てきているが、日系企業は静観している状況だ。スペイン全体の経済は好調で、過去3年にわたりGDP成長率は3%台となり、2008年の水準まで回復していると述べた。

ミラノ事務所の小林浩人所長は「イタリアの政治・経済動向」について、前日に行われた総選挙の分析から説明した。セミナー開催時点では最終結果は出ていないものの、5つ星運動(M5S)が政党として得票率で単独トップとなった。また、想定よりも票を伸ばした同盟(旧北部同盟)は反ユーロを掲げているため、今後の政治・経済にどのように影響を与えるか危惧されているとした。一方でEUを離脱する可能性はほとんどないという。中道左派と中道右派の連立が模索されるだろうが、今後何があってもおかしくない状況で、連立が実現せず再選挙の可能性もあると指摘した。経済は好調で、ブレグジットの懸念については比較的冷静に受け止めている。イタリアはオンリーワンの技術を持った企業が多く、そのような企業と連携を進めていくことが大きなビジネスチャンスになると説明した。

ベルリン事務所の増田仁所長は、「ドイツの最新政治・経済動向」について説明。ドイツの特徴として、16の州が独立してそれぞれに首相がおり、首相はアンゲラ・メルケル首相を含めて17人いると紹介した。経済は好調で、単年度の財政収支黒字を維持している。一方で日系企業からは、雇用の確保に対する懸念が出ているという。産業界では、「インダストリー4.0」の動きが具体化し、地域の中小企業を含めて州ごとに改革が進められている。政治では、新政権の発足に向けたキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)と社会民主党(SPD)の大連立協議が合意に達した。選挙後の政治的な空白はあったものの、政党間の下打ち合わせは十分にできていたと解説。最近ではメルケル首相の後継者として、ザールランド州首相のアンネグレート・クランプ=カレンバウアー氏が最有力候補とのことだ。

パリ事務所の片岡進所長は「フランスの最新経済動向」について説明した。エマニュエル・マクロン大統領は難しい改革を次々に行っており、海外の投資家からも評価が高い一方で、企業ばかりを優遇しているとの不満があることを指摘した。フランスは、「チューズ・フランス」という対仏投資促進を行っており、マクロン大統領は1月、世界各国から大手企業144社を集め、今後5年間で35億ユーロの投資計画が発表される成果を上げた。この成果は、フランスがブレグジットの影響で英国に代わる投資先候補となっているだけでなく、マクロン大統領への期待・エールの側面が大きいと分析した。スタートアップ支援も盛んで、政府によるベンチャーエコシステム形成支援「フレンチテック」によるサポートがある。一方、人工知能(AI)などの高度人材は大手企業による引き抜きが行われており、人材の枯渇が懸念されているという。

(鵜澤聡)

(英国、EU、ドイツ、フランス、オランダ、スペイン、イタリア)

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