トランプ政権のNAFTA見直しに国民の高い関心-CSISの日本部副部長に聞く-

(米国)

ニューヨーク発

2018年01月24日

ワシントンに本部を置くシンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部副部長のニコラス・セーチェーニ氏に、北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓自由貿易協定(KORUS)、中国への強硬姿勢など米国の通商政策を取り巻く現状や、11月の中間選挙を控えた今後の展望、メディア報道に対する見解について聞いた(1月12日)。

中間選挙では通商政策見直しが争点の1つに

(問)2016年の大統領選挙では、従来と比較して通商政策に焦点が当たったが、2018年中間選挙や2020年大統領選挙などにおいても、この傾向は続くか。

(答)NAFTAやKORUSに関する報道が多くなっていると感じる。ただし、それはトランプ政権がそれらの協定からの脱退または見直しを考えているからで、報道されているのは貿易そのものではなく、貿易をめぐる政治についてだ。NAFTAとKORUSの見直しや廃止をトランプ大統領が実現できるかに関心が集まっている。2018年の中間選挙においても、NAFTAやKORUSをはじめとする通商政策の進捗にさらに焦点が当たるだろう。

(問)トランプ大統領はNAFTA脱退の可能性も示唆しているが、それについてどれくらい深刻に捉えているか。

(答)脱退について大統領の権限でどこまでできるかという点に明確な答えはない。確実に言えることとしては、憲法上は議会が他国との貿易を管轄しているということだ。もしトランプ大統領が正式にNAFTAからの脱退を宣言し、議会がそれを間違った決断だと判断した場合、議会はNAFTAからの脱退を阻止する法案を作ると考えられる。これによって、NAFTA脱退は法律上の大きな問題に直面し、結論が出るまでには長い時間がかかることが予想される。仮にトランプ大統領が脱退を宣言した場合、損害はすぐに生じる。NAFTA脱退の影響は、カナダやメキシコとの関係悪化にとどまらず、その他の国にとっても、貿易に対してトランプ政権が取り得るアプローチの恐ろしい予兆と受け止められるだろう。

(問)トランプ政権は貿易赤字を問題視しているが、貿易赤字是正重視の通商政策をどのようにみているか。

(答)十分に練られておらず、あまり戦略的でない。第1にトランプ政権の2国間貿易に対する見方はゼロサムで、日本を戦略的パートナーではなく経済的な競合相手としてみていた1980年代を思い起こさせる。これは他国との経済関係の見方としては適切ではない。

第2に、安倍晋三政権がトランプ政権と推進しようとしている「自由で開かれたインド太平洋戦略」とも合致しない。米国自身が開かれた貿易関係をアジアと有していなければ、どうしてインド太平洋地域における自由化を支持できるだろうか。米国自身が自由で開かれた市場でなければ、主張が一貫しない。トランプ政権が市場アクセスと2国間貿易交渉にこだわり過ぎていることが、この重要で合理的な戦略の信頼性を傷つける。これが現在のトランプ政権の政策フレームワークにおける、とても大きな弱点となっている。

直接的な影響を受けるNAFTAへの市民の関心は高い

(問)通商政策の中では、NAFTAに関する報道が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定などと比べて多いが、この背景には何があるか。

(答)先に述べたように公約に掲げたNAFTAの見直しをトランプ政権が実現できるかに人々の関心が集まっている。加えて、NAFTAは米国の隣国のカナダとメキシコが相手で、多くの米国市民の生活に直接的に影響する協定であることも背景にある。他方でTPPの戦略的重要性や制度構築の話は、一般市民にとって自身の生活と結び付けて理解することが難しい。

また、TPPがメディアでほとんど取り上げられないのは、単純に米国が既にTPPから離脱したためだ。ただし、2017年11月のトランプ氏のアジア地域歴訪を受けて、TPPに関連する報道は増加した。アジア地域における米国の信頼に関わる事柄だからだ。

(問)TPPで定められた規定がNAFTAでも採用されれば、TPPに対する市民の見方に変化は生じるか。また、今後の通商ルールの策定にどのような影響を与えるか。

(答)個人的には、米国が政治的な理由により離脱したTPPの規定や制度を、現政権がNAFTAにも採用するとは考え難いと思っている。仮にTPPの規定や制度の一部をNAFTAに採用した場合、米国が真剣に通商ルールの再設計に取り組んでいることを意味し、今後のルール策定にも大きな影響を与えるだろう。ただし、TPPの内容がNAFTAに導入されたとしても内容が専門的過ぎるため、一般市民はTPPとNAFTAそれぞれの条項の共通点や違いまでは気に留めない。その点において、人々のTPPに対する理解にも影響はないとみている。

トランプ政権の対中強硬姿勢は人気

(問)通商法301条調査など、中国に対する通商政策について一般市民の関心はどの程度か。

(答)301条調査は非常に専門的で、米国通商法になじみのない一般市民の関心は低い。このため、ワシントン以外ではほとんど議論されていない。一方で、「中国に対して強硬策を取る」というトランプ大統領の姿勢は人気が高い。例えば、オハイオやミシガンの小さな町で製造業に従事している人たちにとっては、そういったメッセージは人気がある。トランプの対中政策は一般市民に支持されているが、政策の内容そのものへの理解度は低い。

日本は守りの姿勢で情報発信を行うべきではない

(問)経済関係について、日米に比べて米中関係の報道が多い。背景には何があるか。

(答)中国が米国と競合しており、米国の経済成長と繁栄に対する潜在的な脅威と捉えられているためだ。1980年代の日本がそうだったように、潜在的な脅威として中国がより注目を集めるのは自然なことだ。日本は既にそのステージを通過し、米国のパートナーとして良好な関係にあるため、報道が少ない。また、メディアの関心事は「意見の衝突」であるため、日本は大きく取り上げられない。ニュースになるのは多くの場合がネガティブな話であり、日本が報道されないことは良いことだ。

(問)日本の対米投資残高は英国、カナダに次ぐ規模(注)で、日系製造業の総雇用者数は国別で最大だ。しかし、こうした情報は米国民にはさほど知られていない。日本企業による米国経済への貢献を効果的に浸透させていくためにはどうすればよいか。

(答)日本企業の貢献を伝える上では、連邦議員に加えて米国各地域との関係性を強めていくことが大事だ。例えば、州知事や市長、州議員との結び付きを強化し、草の根交流や姉妹都市交流といった活動を通じて伝えていくといったことだ。また、日本の政治リーダーやビジネスリーダーを米国に招聘(しょうへい)して話してもらうことも有効だ。これはワシントンだけではなく、日本企業の貢献が大きいところで行うべきだ。

大事なのは「守り(Defensive)」ではなく、「自信を持って(Confident)」戦略的な情報発信を行うことだ。守りの姿勢で行えば、批判されたくないというモチベーションがすぐに人々に見透かされる。日本企業とのビジネス機会を前面に出すなど、日本の米国経済への貢献をより戦略的に活用し、継続的にまた明確に発信していくことが必要だ。日本の価値を米国市民はよく理解しているため、そのイメージを維持していくように取り組めばよい。

エネルギー分野に協力可能性

(問)エネルギー政策は、国内経済課題や通商政策と比較して、どれだけ国民の選挙行動に影響すると考えるか。

(答)一般市民にとって、エネルギー政策は優先的な関心事項ではないだろう。しかし、1月にトランプ政権が米国沿岸の油田・ガス田の探査・開発を容認する方針を発表したため、エネルギー政策に関する国民の関心が高まる可能性はある。また、トランプ政権下では、エネルギー分野での協力を日米経済関係の戦略的な軸として格上げできる機会があると考えている。液化天然ガスの輸出は明らかにその1つだ。エネルギー政策における日米間の協力は両者にとって前向きなものであるため、トランプ政権がその重要性について声を上げれば、国民のエネルギー政策に関する関心も高まるだろう。

(注)米商務省発表の、投資元をたどる最終受益株主(UBO)の考え方に基づいた対内直接投資統計に基づく。

(須貝智也)

(米国)

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