WTO閣僚宣言採択できず-有志の71カ国・地域が電子商取引に関して共同声明-

(世界、WTO)

国際経済課

2017年12月15日

WTOは12月10~13日、最高意思決定機関である閣僚会議(第11回)をアルゼンチン・ブエノスアイレスで開催した。主要議題では全加盟国・地域間で実りのある合意は得られず、閣僚宣言の採択も見送られた。注目された電子商取引分野では、有志の加盟71カ国・地域が「将来のWTO交渉化に向けた検討作業を開始する」とした共同声明を発表した。

「柔軟性の欠如」が要因

ロベルト・アゼベドWTO事務局長は13日の閣僚会議閉会に当たり、「重要な進展もあったが、今回の会議では加盟国は実質的な合意に達することができなかった」と認め、「(多国間貿易)体制を機能させるために、加盟国が柔軟性を示すことができていれば、幾つかの分野では成果を挙げられたと信じている」とも述べた。

成果が期待されていた主な論点としては、(1)漁業補助金ルール、(2)農産物の公的備蓄に関する恒久的なルール、(3)電子商取引、中小・零細企業への貿易上の配慮、投資円滑化などの「新しい貿易課題」への対処、などが挙げられる。

漁業補助金については、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金の撤廃や、過剰な漁獲能力や漁獲につながる補助金の規制が議題に上がった。これらの点は、国連で2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)第14.6項において「2020年までの達成」が掲げられている。SDGsという共通目標があるため最も合意に近いとみられていたが、小規模漁業への配慮などを求める途上国と、より厳格な規制を求める米国などとの溝が埋まらなかった。唯一の合意事項は、次回2019年の閣僚会議までにSDGs第14.6項を達成すべく「包括的で効果的な規律」に合意するという目標のみだった。

食糧備蓄は、農業補助金を制限するWTO農業協定のルールに整合しないものの、食糧安全保障の観点から特別な配慮が認められてきた。具体的には2013年の第9回閣僚会議で、当面の対処としてWTO紛争解決の対象から除外することとし、2017年末までに恒久的な解決に達することで合意していた。インドが最も重視するこの論点について、米国は、食糧備蓄目的で公的助成が安易に認められるとコメや小麦の国際市場をゆがめるとの立場から慎重な姿勢を示し、条件が折り合わなかった。

電子商取引などは2001年のドーハ・ラウンド開始時には交渉議題に上がっていなかった新しい貿易課題だ。とりわけ、電子商取引については多くの加盟国・地域が、WTOにおいてより踏み込んだ国際ルール化を議論すべきとの立場を取ってきた。しかし、インド、南アフリカ共和国などの有力途上国は、農業分野を中心としたドーハ・ラウンドの主要交渉議題が棚上げとなったまま新しい交渉を開始することに反対の姿勢を貫いた。電子商取引について全加盟国・地域間では、電子的な送信に対する関税の不賦課の継続、および1998年の第2回閣僚会議で採択された作業計画に基づく論点整理を継続することを確認したにとどまった。

採択を目指した閣僚宣言でも、2001年に開始したドーハ・ラウンドの扱いが争点になったとみられる。インドやアフリカ諸国を中心とする途上国がドーハ・ラウンド交渉を継続して、あくまでラウンドの最終合意を目指すべきと主張したのに対し、米国をはじめ先進諸国は新しい課題に対処すべく同ラウンドには言及しないとの立場を取った。前回閣僚会議の宣言文では両論併記のかたちをとったが、今回は対立が埋まらず閣僚宣言の採択自体が見送られた。

最低限の合意は確保

結果として、今回の閣僚会議では全加盟国・地域間で合意に達した主な事項は以下の4点にとどまった。

(1)次回閣僚会議までに漁業補助金に関する包括的で効果的な規律に合意すること。

(2)電子商取引に対し関税を賦課しない「モラトリアム」の継続、および1998年作業計画に基づく論点整理の継続的実施と一般理事会での報告。

(3)知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)の「非違反申し立て(協定への抵触の有無を問わず、加盟国・地域の利益が無効化・侵害された場合のWTO紛争解決制度への申し立て)」を行わない「モラトリアム」の継続。

(4)第10回閣僚会議で合意された、小国・小さいエコノミーの貿易に配慮するための作業計画の継続。

このうち(2)と(3)は閣僚会議のたびにモラトリアムの延長に合意してきた。とりわけ米国とインドの対立が先鋭化した今回は、これら最低限の成果についても達成が一時危ぶまれたが、最終的には従来どおり延長となった。

有志国・地域間の取り組み目立つ

アルゼンチン、ブラジル、ロシアをはじめとする途上国を含む71(EUと28加盟国を含む)WTO加盟国・地域は13日の閣僚会議で、電子商取引の貿易関連の側面について、将来のWTO交渉立ち上げに向けた検討作業を2018年第1四半期に開始する共同声明を発表した。

声明では、電子商取引は包摂的な貿易の機会をもたらすとして、その機会を一層効果的に生かすべく、WTOでより踏み込んだ取り組みが必要だとしている。他方、電子商取引の発展により途上国、とりわけ後発途上国や中小・零細企業が新たな「チャレンジ」に直面しているとも述べた。取り組みは全てのWTO加盟国・地域に開かれ、主要国では現状、中国、インドが不参加で、アフリカではナイジェリアが唯一の参加国となっている。

ロバート・ライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表は、共同声明に際して「このイニシアチブはWTOにおける画期的な一里塚だ。問題意識を共有する国々の間でのこのような取り組みは、WTOが将来に向けて前進するための在り方を示している」との単独声明を別途発表した。今回の閣僚会議では米国の動向に注目が集まったが、電子商取引分野で米国が積極的に参加する姿勢を示したことに対しては肯定的な評価が多く聞かれた。

その他の分野では、サービス分野でも国内規制の扱い(透明性の向上や、国家が正当な規制を行う権利など)に関して、次回第12回閣僚会議での合意に向けて議論を深めるとする共同声明を、60以上のWTO加盟国・地域が発表した。

WTOの意思決定はコンセンサス(積極的な反対がなければ全会一致とする)方式を採る。164の全WTO加盟国・地域でコンセンサスに達する難しさが際立つ中、今回の閣僚会議では有志の加盟国・地域の取り組み、いわゆる「プルリ」方式が目立った。

(安田啓)

(世界、WTO)

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