トルドー首相、TPP協定締結は急がずと表明-カナダ産業界も首相判断をおおむね支持-

(カナダ、日本、米国)

トロント発、米州課

2017年11月16日

11月10日にベトナム・ダナンで予定されていた環太平洋パートナーシップ(TPP)協定参加11カ国(TPP11)の首脳会合は突如中止となった。首脳会合に現れなかったカナダのトルドー首相は、APEC終了後の記者会見で、TPP締結合意に向けて「さらに重要な作業が残っている」とし、TPP締結は「急がない」と発言した。カナダの産業界は、トルドー首相の判断をおおむね支持している。

TPP11首脳会合は中止に

11月10日にダナンで予定されていたTPP11の首脳会合が中止となったことについて、「グローブ・アンド・メール」紙(11月12日)は、APECダナン首脳会議終了後に行われたトルドー首相の記者会見の発言概要を動画で紹介した。トルドー首相はTPPについて、「カナダは、新たなTPPの枠組みが確立されたことを喜んでいるが、カナダやカナダ国民にとって最良の取引をするためには、さらに重要な作業が残っている」と発言した。TPP首脳会合に出席しなかったことについては、「安倍(晋三)首相との会談が長引いた。多くの議題について話し合ったが、会談の最後にTPP首脳会合を延期するのが(11カ国)全ての国の利益になることが明らかになった」と述べた。また、APEC首脳会議の開幕前1週間にわたり、「カナダ国民にとって妥当な協定でなければ、TPPに合意しない」と伝えていたとし、カナダが首脳会合での署名を拒否したことについて「驚くべきことではない」「(TPP協定の)締結は急がない」と発言した。

11月10日のTPP11閣僚会合で大筋合意が確認されたことを受けて、交渉に参加したフランソワ=フィリップ・シャンパーニュ国際貿易相は談話外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを発表し、「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」の枠組みについての進展を歓迎し、環境や労働者の権利が新たな合意の重要な柱となり、紛争解決制度の対象になったことを交渉の成果として強調したが、「カナダにとって、幾つかの懸案事項が残っている」と指摘した。

産業界からは評価と注文の声も

TPP協定締結を急がないとするトルドー首相の判断について、産業界からはおおむね歓迎する声が上がった。カナダ自動車工業会(CVMA)は11月10日、トルドー政権の判断はカナダ自動車産業やカナダ経済にとって最良の利益になるとの声明を出し、マーク・ナンテCVMA会長は「今後の北米自動車分野への投資は、業界が貿易協定に全面的に参加して恩恵を受けるか否かに大きく左右される。TPPではアジア太平洋の自動車市場へのアクセス問題に取り組むとともに、(TPPが)カナダ自動車産業を支援するものとするべきだ」と主張した。カナダ製造業・輸出業者協会のデニス・ダービー会長兼最高経営責任者(CEO)は、米国がTPPから離脱したため、カナダ製品に占める割合が高い米国産原材料がカウントされなくなった点について、「カナダの製造業者が輸出できるよう、TPPの原産地規則は調整されるべきだ」と主張した。

カナダ酪農家協会(DFC)は、11月11日の声明でトルドー首相の判断を支持したが、TPP交渉で合意した乳製品の輸入枠がカナダ政府の懸案事項として取り上げられなかったことに不満を表明した。カナダ政府は、米国を含む12カ国でのTPP交渉の中で、国内市場の3.25%に相当する乳製品の輸入枠を受け入れ、DFCはこの輸入枠の設定により、年間2億4,600万カナダ・ドル(約216億円、Cドル、1Cドル=約88円)の損失になると試算しており、世界最大市場である米国のTPP離脱を受けて、DFCはカナダ政府に対し「乳製品や供給管理に関する市場アクセスの譲歩を再調整することが不可欠」と主張する。

一方、カナダ農産食品貿易連合(CAFTA)のブライアン・イネス会長は11月10日、TPPが首脳間合意に達しなかったことに不満を表明しながら、「カナダ政府が近い将来、アジア太平洋市場への競争的アクセスを可能にすることを楽観視している」と述べ、TPP閣僚会合での大筋合意を歓迎した。カナダの農産食品の輸出先として日本は3位の市場だが、競争相手であるオーストラリア、チリは日本との間で既に経済連携協定(EPA)を締結し、EUもEPA締結に向け大枠合意している。

日加EPA交渉は2014年に中断

TPP交渉に日本とカナダが加わる以前、両国では2国間EPA交渉が進められていた。しかし、2012年にカナダが、2013年に日本がTPP交渉に参加した結果、日加EPA交渉は2014年11月の第7回で中断している。2016年2月のTPP協定締結後、2017年1月に発足したトランプ政権により米国はTPP離脱に至ったが、この時点でカナダ政府はTPP11への立場を対外的に明確にはしていなかった。その一方で、カナダ政府は日本政府に対し、日加EPA交渉の再開を要請していた。

カナダの輸出入額を国・地域別にみると、米国に大きく依存する構造となっており、それ以外の主要な貿易相手はEU、中国、日本、メキシコだ(表参照)。日本とメキシコ以外のTPP加盟国との貿易額は比較的小規模で、カナダにとってはTPP11よりも北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を優先しなければならない状況にある。

表 2016年のカナダの主要国・地域別輸出入額(国際収支ベース) (単位:100万Cドル、%)
国・地域 輸出 輸入
金額 割合 金額 割合
米国 392,274 75.2 359,903 65.8
EU 41,880 8.0 52,296 9.6
中国 22,359 4.3 37,594 6.9
日本 11,005 2.1 11,768 2.2
メキシコ 8,879 1.7 18,903 3.5
世界 521,322 100.0 547,322 100.0

(出所)カナダ統計局

また、カナダのTPP参加は、保守党のスティーブン・ハーパー前政権が決定した。2015年10月のカナダ下院総選挙で当時野党だったトルドー党首率いる自由党は、保守党政権によるTPPの大筋合意内容に関する情報が不足しており、国内の批准手続きを通じて検証を行うまで全面的には支持できないとし、保守党政権が大筋合意するために譲歩した自動車産業や製造業を守ると述べていた(2015年10月26日記事参照)。今回のトルドー首相の判断は、選挙公約どおり産業界の懸念事項を重視するかたちとなった。

(酒井拓司、中溝丘、飯沼里津子)

(カナダ、日本、米国)

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