EUが主張する段階的アプローチで進む交渉-「ブレグジット・セミナー」を横浜で開催(2)-

(英国、EU)

欧州ロシアCIS課

2017年11月17日

横浜商工会議所、横浜市経済局、横浜企業経営支援財団(IDEC)、ジェトロからなる横浜国際経済関係4機関会議が10月6日に横浜で開催した「ブレグジット・セミナー」報告の後編は、離脱交渉におけるEUと英国の争点と日系企業への影響について。

EUと英国のスタンスに隔たり

ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課の田中晋課長は、英国のEU離脱交渉の争点と日系企業の課題について講演した。英国・EU間の交渉状況については、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部の吉田健一郎上席主任エコノミストが示した3つの優先課題(2017年11月16日記事参照)がある程度進展した後に、第2段階としてEU・英国間の将来の通商協定の事前協議に着手するというのがEUの基本スタンスで、交渉は全体としてEUのペースで進んでいるとした。一方で、3つの優先課題の1つである財政問題解決については、英国の正式なポジションがいまだ明確ではなく、保守党の方針がまとまっていないこともあり、交渉の行方が混迷を深める現状について説明した。

メイ首相が行った9月22日のイタリア・フィレンツェでの演説について、英国はEU加盟中の財政問題解決(債務の清算)など義務を果たす意向を示したが、依然として自国の意向を具体的にペーパーに落とし込んでいないとした一方で、EUでは2020年までの7年間の中期予算枠について既に合意しており、加盟国のいずれかが英国の負担を代替することを回避するためにも、EU加盟国は結束して英国に義務の履行を求めることになるとの見方を示した。このような状況では、離脱交渉が進まず、英国がEU加盟期間中の責務の範囲を整理して交渉に臨むことが待たれるとした。

また、北アイルランドとアイルランドとの国境問題については、厳格な国境に戻ることを避けるという方針は両者間で一致するものの、英国の離脱後の人やモノの移動をどう整理するかの具体策はまだこれからで、EUの原則との整合性が課題になるとした。

欧州委の交渉権限は離脱協定のみ

離脱後の移行期間や通商協定に関しては、英国が離脱交渉と並行した協議を望むのに対し、欧州委員会は現状ではEU理事会(加盟国)から離脱協定の交渉権限のみ与えられており、あくまでも離脱交渉の優先課題で「十分な進展」があったと判断した後に、通商協定を含むEU・英国間の協定枠組みの事前協議を開始する方針だとした。離脱後の移行期間に関しては、産業界への影響が大きいこともあり、欧州議会が最長3年、メイ首相が約2年という期限を示してはいるものの、欧州委は交渉権限を有しておらず、離脱協定の交渉しかできない状況だとした。

他方、EUと英国が通商協定を結び、関税率がゼロになったとしても、特別な手法を編み出さない限り、関税手続きが避けがたいほか、英国・EU間の将来の通商協定がある程度固まらないと、英国はEU以外の第三国との通商協定交渉もうまく進まない可能性があると指摘した。さらに、英国はEUから離脱することで、EU法から英国法に切り替える法整備も急がねばならず、国内外の対応が山積する現状を説明した。

デジタル分野のデータの域内移動にも影響

田中課長は続いて、EUが実現を目指すデジタル単一市場(DSM)と英国離脱との関係について説明した。DSMは欧州委員会の主要課題の1つで、デジタル分野において4つの自由移動(人、モノ、資本、サービス)のほか、データの自由移動の実現を目指している。EU域内のローミング費用が6月15日から完全に廃止されたほか、2018年3月20日にはオンラインコンテンツへの越境アクセスが可能になる中で、英国は離脱によりこの便益を失うことになる。これについても、現状の便益を維持するためにはEUとの合意が必要で、英国はEU離脱までにEUと合意できるのかと懸念を示した。

また、2018年5月から適用が開始されるEU一般データ保護規則(GDPR)では、欧州経済領域(EEA)外への個人データの移転が原則禁止されており、英国についても離脱後のEUからのデータ移転の可否が企業に与える影響は大きいとした。さらに、EU域内で移動を自由化しようとしている非個人データの取り扱いについても、英国とEUがどのような関係を築くのか注目されるとした。

今後の日EU関係と欧州ビジネス環境については、欧州議会選挙やブレグジットが予定される2019年が節目になるとし、日EU経済連携協定(EPA)発効のタイミングに加え、日英EPAの締結が求められるとした。英国に拠点を構える企業などは、EU法の英国法への切り替えや新たな英国の基準・認証への対応などの必要性が生じる可能性があるほか、特に金融分野では、英国でEU単一パスポートを取得する企業は欧州大陸で再取得する必要があることや、英国にある欧州医薬品庁(EMA)や欧州銀行監督局(EBA)のEUへの移転にも注視することが必要だとした上で、不透明な情勢の中で、ある程度最悪の状況を想定して備えることが大切だとした。

なお、ジェトロが2017年4~5月に東京、大阪、名古屋で開催したブレグジット・セミナーの参加者に対して実施したアンケート調査結果では、従業員が300人以上の規模で、英国とEUの双方に拠点がある企業の方が、「ブレグジットはマイナスの影響」とする回答の割合が高かったことも紹介した。

(木下裕之)

(英国、EU)

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