5億人の単一市場は大きなビジネスチャンスに-EUデジタル市場セミナーを開催(1)-

(EU、欧州、日本)

欧州ロシアCIS課

2017年10月24日

欧州委員会は10の優先課題の1つにデジタル単一市場(DSM)の構築を掲げ、域内デジタル市場の国境を取り払うための施策を推進している。5月にDSM戦略の中間レビューを公表したことを受け、ジェトロでは最新動向について、10月5日に東京でセミナーを開催した。同戦略の中でも「一般データ保護規則(GDPR)」は、域内の個人データを取り扱う全ての企業・団体が順守のために具体策を取る必要があることから、セミナーではGDPRの直前対策を中心に紹介した。その内容を2回に分けて報告する。前編はDSM戦略について。

デジタル市場の統合目指すDSM戦略

セミナー前半では、EUデジタル単一市場(DSM)戦略の最新動向を紹介した(注)。まずジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課の田中晋課長が、EUにおけるDSM戦略の位置付け、5月に公表された同戦略の中間レビューを受けた今後の重点分野や実現に向けた課題、各施策の取り組み状況を紹介した。

DSM戦略は2015年5月に欧州委が発表したもので、EU加盟国間で分断されているデジタル市場を統合し、デジタル分野においても人、モノ、資本、サービスの自由移動の実現を目指す戦略だ。田中課長は、EUにおいて同戦略が10の優先課題の1つに掲げられる要因として、(1)電子商取引(EC)や付加価値税(VAT)など、各国で異なるルール・運用が域内でのビジネスの障壁となっている点、(2)加盟国間のデジタル化の進捗度合いの格差が大きく、それを是正する必要がある点、(3)米国企業がEU域内のデジタル市場の過半数のシェアを占めている点を挙げた。

欧州委は2015年の同戦略発表当初、3つの柱に沿った16の施策を打ち出し、その全てについて2016年中に取り組むことを宣言していた。2017年5月にその中間レビューとして、各施策の取り組み状況をまとめるとともに、2018年までのDSMの実現に向けさらなる取り組みが必要な分野として、(1)オンラインプラットフォームの推進、(2)データエコノミーの最大限の活用、(3)サイバーセキュリティーの対策強化、の3分野を特定した。田中課長は、デジタル分野で5億人のDSMを構築するという理想像がある一方、現実には企業が多大なコストを強いられる施策も多く、その実現には課題が多いとしながらも、EUデジタル市場の統合は企業にとって大きなビジネスチャンスにつながると総括した。

注視すべき個人情報保護分野の取り組み

そのほか田中課長は、2017年下半期のEU議長国を務めるエストニアが提案する取り組みや、DSMの今後のスケジュール、個別の施策に関するEUの具体的な取り組み状況を紹介し、EC分野の最新動向として、EU域内の越境ECを促進するための3つの規則案の審議が進んでいるとした(表参照)。

表 越境EC促進規則案

最後に、2018年5月25日に施行されるGDPRに関して、欧州経済領域(EEA)に拠点を有しない企業も含めて、域内に所在する個人データを扱う企業は適用対象になるため、順守のための対策を早急に立てる必要があると指摘した。

グローバルスタンダードになり得るEU規制

続いて、楽天渉外室政策・規制分析課の佐藤元彦氏が、ブリュッセル駐在中の経験を基に、欧州でビジネスを展開するプラットフォーム企業の視点から、DSM戦略の意味、企業にとっての影響や対策について紹介した。

まず、楽天はECから電子決済、ファイナンス、デジタルコンテンツ供給、モバイル、メッセージングアプリまで幅広いサービスを提供する「楽天エコシステム」と名付けた独自の循環型ビジネスモデルを展開していることを紹介した。同社は先進国を中心にグローバル展開を進め、現在グループ全体で10億人超のユーザーを抱えている。欧州ではルクセンブルクに拠点を置き、ECでは英国、フランス、ドイツが大きな市場で、現在、フランスとドイツでのマーケットプレイス運営を中心に欧州事業を行っていると説明した。

佐藤氏は、EU加盟各国がそれぞれ設けているルールが域内越境取引の足かせとなっており、DSM戦略によりデジタル分野での5億人マーケットが実現すれば、ビジネス上のメリットはとても大きいとしつつ、他方で規制を独占する傾向にある欧州委に対する懸念もあるとし、一例として同社が提供するサービスごとの具体的なEU規制・政策を紹介した。また、EUの規制形成力が非常に高いことから、EUで作られた規制がひいてはグローバルな「先例」になる可能性を見据え、グローバルに事業を展開する企業はEUで対策を取っておくことの意義が大きいと強調した。さらにEUにおける立法プロセスを紹介し、新たな規制が作られる際の当局へのアプローチのポイントにも触れた。

結びとしてプラットフォームに関する欧州委の動向を紹介し、2016年5月に発表した政策文書「プラットフォーム・コミュニケーション」で最初の具体的な方向性が示され、さらに2017年5月のDSM中間レビューでは、さらなる取り組みが必要な分野として「オンラインプラットフォームへの対応」が挙げられ、プラットフォームが公平な競争を妨げているといった、さまざまな問題点が指摘されていると述べた。同社としては引き続き情報収集とEUへの働き掛けに取り組んでいるという。

(注)月刊誌「ジェトロセンサー」10月号でも紹介。

(根津奈緒美)

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