包摂的な貿易実現に向けた課題を議論-WTOパブリック・フォーラム報告(1)-

(世界)

国際経済課

2017年10月12日

WTOは9月26~28日、公開型会議「パブリック・フォーラム2017」をジュネーブの本部で開催した。グローバリゼーションの課題や、急速に拡大するデジタル貿易への対応をはじめとする国際貿易の多様な議題を扱った106のセッションに、世界各国から過去最多となる約2,200人が参加した。2回に分けて主な議論を報告する。

「包摂的」と「デジタル」がテーマに

2017年のフォーラムは「Trade:Behind the Headlines(貿易:課題の背景にあるもの)」を全体テーマに掲げた。106のセッションの中で目立ったのは、「包摂的な貿易」と「デジタル貿易」という2つのキーワードだ。

「包摂的な貿易」に関しては、先進国における格差の拡大、大企業との競争に苦戦する中小企業、後発開発途上国で慢性化する貧困など、グローバリゼーションの負の側面への風当たりが強まる中、取り残される層のない貿易または持続可能な貿易をいかに実現するか、さまざまな切り口のセッションが開かれた。「デジタル貿易」は、中小企業の貿易機会を創出するなど新しいビジネスチャンスを生んでいる半面、国際ルールの整備が追い付いていないために、利益が一部の国と企業に集中する懸念が指摘されている(「デジタル貿易」については後編を参照)。

フォーラム冒頭の全体セッションで、ロベルト・アゼベドWTO事務局長は「先進国、途上国のいずれにおいても、取り残されていると感じている層が少なからずいる。貿易は成長、発展、雇用に不可欠だが、われわれがそうした人々の不満を十分に受け止めてこなかったことは否めない」との認識を示した。IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事は「貿易に対する批判の中には、今日の国際貿易の実態について『誤った解釈』が含まれる」と指摘した。ラガルド氏はWTOがジェトロ・アジア経済研究所などと共同で進めてきた「付加価値貿易」(注)の研究を評価し、国際分業の進んだ今日、通関に基づく貿易統計だけからは貿易に基づく利益を正確に測ることはできないとし、近年の技術進歩に伴うビジネスのボーダーレス化を象徴する表現として、ソフトバンクグループ孫正義会長の「メード・オン・インターネット(Made on Internet)」という言葉を引用した。

写真 WTOパブリック・フォーラム冒頭の全体セッションの様子。一番左はモデレーターを務めたロベルト・アゼべドWTO事務局長(WTO公式ウェブサイトより)

ニューヨーク市立大学大学院センターのポール・クルーグマン教授は、「経済学において、貿易の拡大に伴って生じる痛みと調整コストが実際よりも低く見積もられてきた」結果、各国の政策において「包摂性が確保されてこなかったことは誤りだった」と述べた。

またフォーラムの機会を捉えて、WTOは「世界貿易報告書(World Trade Report)2017外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」をリリースした。報告書ではパブリック・フォーラムのテーマに呼応して貿易と技術進歩、そして雇用の関係を論じている。WTOのロベルト・クープマン・チーフエコノミストはリリースに際し、「貿易は総じて雇用と賃金の上昇に貢献しているが、全ての労働者が利益を得ているとは言えない」と述べ、「労働者に経済的利益が行き渡るためには、各国の実態に即した国内政策の実施が重要だ」と指摘した。

WTO閣僚会議での進展には厳しい見方

WTOは12月10~13日に第11回閣僚会議をアルゼンチン・ブエノスアイレスで開催する。フォーラムでは、デジタル貿易を促進する国際ルール作りや、中小・零細企業の貿易自由化から裨益(ひえき)できる枠組みの構築などのテーマでの閣僚会議における進展に期待すべく、関連するセッションが複数開かれた。これに対し、閣僚会議で議長を務めるアルゼンチンのスサナ・マルコーラ氏は全体セッションにおいて、「変化する世界において、新しい貿易課題への対応力が求められているが、現状ではWTO加盟国間でこれらの課題に取り組む機運が十分に醸成されているとは言えない」と認めた。

閣僚会議まで2カ月という短い期間での議論の進展は容易ではなく、来場した通商専門家からも実のある成果を期待することは難しいとの見方が数多く示された。

(注)輸出入の通関をベースとした従来の貿易統計とは異なり、生産過程で付加された価値をベースに国際貿易を捉え直す分析手法。通関統計には表れない実際の価値の動きを捉える。

(安田啓)

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