貿易協定締結への道のりは険しいとの見方-メイ首相訪日、メディアはおおむね冷静-

(英国、日本)

ロンドン発

2017年09月08日

テレーザ・メイ首相が8月30日から9月1日にかけて訪日し、その模様は英国メディアでも報じられた。安倍晋三首相との首脳会談で、日英経済パートナーシップの強化などについて合意されたものの、日本にとってはEUとの経済連携協定(EPA)の方が優先事項との分析も目立ち、メディアの反応は総じて冷静だ。

「日英共同ビジョン声明」は一定の成果

メイ首相と安倍首相の首脳会談では、日英両国間の経済パートナーシップを強化することなどをうたった「日英共同ビジョン声明」が合意された。声明では、今後の両国の経済関係について、「われわれ(日英両国)は、日EU・EPAの早期署名および発効を引き続き支持する。これは、われわれの喫緊の優先課題だ。英国のEU離脱に伴い、われわれは日EU・EPAの最終的な規定を踏まえ、日英間の新たな経済的パートナーシップの構築に速やかに取り組む」とされたが、この声明について「ガーディアン」紙(電子版8月31日)は「メイ首相は、日EU・EPAの合意内容を日英関係に置き換える可能性を探ることについて日本政府からの公式のコミットメントを得た」と報じた。そして、EUが締結しているEPAや自由貿易協定(FTA)を利用して通商交渉を進める「コピー・アンド・ペースト(切り貼り)」の手法を他国との間で用いることがメイ首相の狙いと指摘している。

また、「フィナンシャル・タイムズ」紙(9月2日)は、今回のメイ首相訪日の目的は「EU離脱後に通商交渉を行うことに対して安倍首相からの言質を取ること」にあり、「日英共同ビジョン声明」の合意は一定の成果との見方を示した。さらに、政治レベルの強い関与の下、EU離脱後の日英経済関係の強化に向けて緊密に連携していくことで合意した点について、実質的には何ら負担を課すものではないとしても、日本側に英国との通商交渉に取り組ませるためのてこになると評価している。

日英の早期交渉入りには懐疑的

しかし各紙は、英国のEU離脱による企業への影響を最小化するよう、安倍首相が透明性・予見可能性の確保や移行期間への配慮を要請したことに代表される日本側の慎重な姿勢も報じているほか、今後の日英交渉の早期進展について懐疑的な見方も示している。「タイムズ」紙(9月2日)は、「日本は英国と将来的に貿易協定を結ぶことに同意したものの、EUとのEPAが優先課題」として、英国以外のEU加盟国を刺激したくない日本政府がEUとのEPA交渉を優先し、その結論を待って英国との交渉に臨むという姿勢を明確にしたとの見方を示した。

「フィナンシャル・タイムズ」紙(9月2日)も、「日EU・EPAについての論点が残る中では、日英の通商交渉は先の話」「いざ英国と交渉を開始すれば、EUとのEPAを超えた内容を日本が要求することもあり得る」と指摘した。

また、シンクタンクのオープンヨーロッパは「ガーディアン」紙(電子版8月30日)への寄稿で、日EU・EPAが英国に与える影響などについて分析している。それによると、日EU・EPA交渉においてEUが日本に提示している関税撤廃や非関税障壁、原産地規則などの取り扱いについての条件は、英国が将来、EUから得ることができるとしている。これに加えて、このような日本などとの交渉を通じてEUが今以上に自由貿易の深化を志向することになれば、これは英国にとっても便益となると指摘している。

EU離脱交渉の進捗に危機感も

また、今回のメイ首相訪日には日本とのビジネスに5億ポンド(約710億円、1ポンド=約142円)を投じると発表した乗用車メーカーのアストンマーティンはじめとする英国企業も同行しており、英国商工会議所のアダム・マーシャル会頭が「英国と日本のビジネスが強固につながる中で、今回のミッションはこれを深化させる意義を持つ」と語った。

首相訪日中にベルギー・ブリュッセルで行われたEU離脱に関する第3回交渉では、大きな進展はみられなかった。アイルランドの格安航空会社(LCC)ライアンエアーのマイケル・オリーリー最高経営責任者(CEO)は、「EU離脱は英国経済に致命的な影響をもたらす。日本酒や茶を楽しむ時間があるのなら、交渉の遅れを取り戻すべき」と、EU離脱交渉の進捗への危機感を語っている。

(佐藤央樹)

(英国、日本)

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