EUのDSM戦略、中小・零細事業者には負担大-EC業界団体EMOTA事務局長に聞く-

(EU)

ブリュッセル発

2017年08月01日

個人消費者向け(BtoC)を中心とする欧州の電子商取引(EC)事業者で構成される欧州eコマース・オムニチャンネル事業者協会(EMOTA)は、EUが推進する「デジタル・シングル・マーケット(DSM)」戦略について、「消費者保護という視点では立派な政策」と評価しつつも、「BtoC事業に従事する中小・零細企業のビジネスには、負担を伴う側面もある」と指摘する。EMOTAのマウリッツ・ブルッヒンク事務局長に聞いた(7月19日)。

消費者保護の観点では評価

欧州のBtoCを中心とするEC事業者や、ECマーケットプレイスの運営事業者、宅配事業者などで構成されるEMOTA(2017年7月31日記事参照)は、EU域内で活動するEC関連事業者を支援する立場だが、同時にEC関連事業者を代表してビジネス環境の改善や規制の在り方について、欧州委員会を含むEU諸機関に働き掛けを行っている。ブルッヒンク事務局長は、EUが推進するデジタル・シングル・マーケット(DSM)戦略についてもEC関連事業者を代表して、その在り方・方向性についてさまざまな要望・提案を行ってきたという。

その結果、「消費者保護の観点では極めて立派な政策に仕上がった」と同局長は太鼓判を押すが、「EC事業に従事する企業の視点からは、期待どおりの政策といえるかどうか。特にウェブショップを運営する中小・零細企業の事業上の負担は余りにも大きい」「単一市場実現の理念が先行し過ぎたのではないか」と指摘する。

複雑すぎる一般データ保護規則

ブルッヒンク事務局長は「DSM戦略の中で付加価値税(VAT)改革以外の政策には納得できないものが多い」と言う。例えば、2018年5月から厳罰を伴う施行が決まっている「EU一般データ保護規則(GDPR)」(注)について、「無論、法律は法律なので、EMOTAとしては会員企業のためにウェビナー(ウェブセミナー)などを頻繁に開催し、情報発信の強化に努めた。しかし、規則そのものが余りにも複雑で、法律事務所などの専門家以外でも理解できるというようなレベルの法制度ではない。しっかりした法務部門を置いていない中小・零細企業は本当に対策に苦慮している」と指摘する。本来、インターネットを通じたEC事業は、国境を越える(顧客の個人情報を含む)自由なデータフローが大前提にあったが、GDPRはそこにあらためて「個人データ保護(とその厳格な運用)」というEU独自の思想を持ち込んだ点にその特異性がある。「規則が難解な上、どのような運用がなされるか分からない場合、事業者は外部専門家に対策をアウトソーシングせざるを得ない。しかし、そのコストは大企業でも零細企業でも一律だ」と厳しい現実を吐露する。

ジオブロッキング禁止には否定的

また、オンラインサービスへのアクセスが地理的要因で制限される「ジオブロッキング」問題に対するEUの方針(ジオブロッキング禁止)についても、ブルッヒンク事務局長は否定的だ。

「確かに所得水準の低い国からのアクセスを一律遮断したとすれば、それは問題だろう。しかし、EC事業者側にもさまざまな事情がある。われわれの知る限り、高品質なサービスを維持するためにはジオブロッキングは必要と考えているEC事業者も存在する。例えば、ドイツの高級家具のオンライン販売事業者が、西欧には高級家具の保守・修理に対応できる代理店を置いているが、中・東欧にはそうした代理店がないという理由で、中・東欧からのアクセスを拒否する場合はどうか。高級家具事業者としては、顧客に購入した商品の保守をしてもらいながら、長く使用してほしいと望んでいるわけで、信頼できる保守サービスを担う中・東欧の代理店と契約できれば、ジオブロッキングは解除したいところだろう。それまでの間、ジオブロッキングを掛けて受注を見送るのはEC事業者としての適切な経営判断なのではないか」と指摘、「カード詐欺被害に遭った国をジオブロッキングの対象にすることは、EC事業者として許される自己防衛策なのではないか」とも語る。EC事業者からすれば、ジオブロックを掛ければ当然、対象地域のビジネスを失うことになる。「泣く泣く経営者が判断した事情をEUはどう考えているのか」と、DSM戦略に対する問題提起は尽きない。

小口貨物輸入のVAT免税は撤廃を

他方、ブルッヒンク事務局長がDSM戦略の中で「評価できる」としているVAT改革については、「小口(輸入)貨物取引に対するVAT免除の撤廃」が重要であり、「EUとしてスピード感をもって対応してもらいたい」とする。EUはアルコール飲料やたばこなど嗜好(しこう)性の高い商品を除き、域外から直送される合計150ユーロに満たない小口貨物について「無視できる価値の発送品」としてVAT免税を認めている。しかし、欧州のEC事業者の多くは「この免除制度は中国からの小口貨物輸入者によって悪用されている」と考えているという。「例えば、輸入単価400ユーロのスマートフォンをコンテナで大量に中国から輸入する正規の事業者がベルギーで販売する場合、21%のVATを支払い、これに相当する84ユーロを流通価格に上乗せすることになる。しかし、非正規の個人事業者が個人的な贈答品と称して、小口小包扱いのVATがかからない状態で1台1台輸入したとすれば、適正な勝負にならない」と憤る。

先端的な取り組みとして紹介されるEUのDSM戦略だが、デジタルコンテンツとハード商品が交錯し、新しい商流が次々に生まれる過渡期のECビジネスの中で、欧州の中小・零細企業の声に耳を傾けてきたブルッヒンク事務局長の言葉には重みがある。同事務局長は最後に「こうした問題提起はDSM戦略の政策形成過程で、欧州委には的確に伝えてきたつもりだ」と付言した。

(注)ジェトロ調査レポート「EU一般データ保護規則(GDPR)に関わる実務ハンドブック(入門編)」参照。

(前田篤穂)

(EU)

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