外国企業による国内企業の買収規制を強化-審査対象範囲の拡大や審査期間の延長-

(ドイツ)

デュッセルドルフ発

2017年08月10日

ドイツ政府は7月12日、対外経済法施行令の改正案を閣議承認し、外国企業による国内企業の買収に係る規制を強化した。7月18日に発効した今回の法改正により、国内秩序の維持や安全保障の観点から、連邦経済・エネルギー省(BMWi)による審査対象となる産業範囲が拡大・明文化されたほか、審査期間も延長された。政府は今回の法改正により買収自体が難しくなることはないとの考えを示すが、国内からは投資先としてのドイツ企業の魅力の低下を心配する声も出ている。BMWiの審査権限の拡大や審査期間の延長、同省への通告義務の発生などによるM&A実務への影響もありそうだ。

国内企業の買収案件数の増加と複雑性に対応

ドイツ政府は7月12日、対外経済法施行令(AWV)の改正案を閣議承認し、外国企業によるドイツ国内企業の買収に関する規制を強化した。7月18日に発効した今回の改正について、ブリギッテ・ツィプリース経済・エネルギー相は「近年、外国企業による国内企業の買収は、案件数が増加しただけでなく、それぞれの案件の複雑性も増している。今回の法改正は、これらの動きに対応するものだ」と述べた。さらに、「ドイツは世界で最も開かれた経済の1つ」とする一方、公平な競争環境の維持の重要性を指摘した上で、「多くの国内企業が、ドイツほどオープンでない市場を持つ国の企業との競争を強いられている。今回の法改正により、重要なインフラ産業に従事する企業に対し、買収圧力へのより良い保護と平等な競争環境を提供できると考えている」との見解を示した。

政府の審査対象の産業範囲が拡大し、審査期間は最長4カ月に

外国企業が直接的または間接的にドイツ企業の25%以上の議決権に当たる資本を取得、または買い増す場合の審査対象は、(1)軍事産業やセキュリティーなどの特定産業に従事する企業の買収・出資(全ての外国企業が対象、AWV60~62条)、(2)(1)以外の重要なインフラ産業などの企業の買収・出資により国の秩序や安全保障を脅かすと判断される場合〔EUおよび欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外の外国企業のみ対象、AWV55~59条〕が想定されている。

(1)軍事産業やセキュリティーなどの特定産業に従事する企業の買収・出資

これまでの法制では、BMWiに対する事前通告が必要で、同省の審査により国の秩序や安全保障を脅かすと判断される場合、買収差し止めなどの措置が取られる可能性がある。今回の法改正では、審査期間および審査開始後の買収可否の判断結果が出されるまでの期間が、現行の1カ月から3カ月に延長された(添付資料参照)。

(2)軍事産業やセキュリティーなどの特定産業以外の重要なインフラ産業などの企業の買収・出資

これまでは同省への報告義務はなく、契約締結後3カ月以内にBMWiから審査の申し入れがなければ買収が認められたため、BMWiによる審査が十分に行われないケースもあった。今回の法改正により、審査の適用範囲となる重要なインフラ産業が明文化され、エネルギー分野や情報技術、通信、運輸・公共交通、病院や医療関連システム、水道事業、食のサプライチェーンに関連する産業、金融機関および保険会社などの産業が明記されたほか、これらの産業で使用されるソフトウエアを開発・提供する企業やクラウドコンピューティングサービスを提供する企業も審査の対象になった。前述の分野に該当するドイツ企業の25%以上の議決権に当たる資本を直接・間接的に取得、または買い増す場合、売買契約の締結前後のいずれかの時期にBMWiに通知する義務が発生する。

なおEUおよびEFTA加盟国以外と本拠地とする外国企業が、審査対象分野のドイツ企業を買収または25%以上の議決権を直接・間接的に取得または買い増す際には、a.BMWiに自主的に申請し、「異議なし証明書(Non-Objection Certificate)」を取得するケースと、b.同申請を行わないケースに分かれる。前者の場合、BMWiは、2カ月以内に審査対象となるか否かを判断する。後者の場合、同省は買収契約締結の事実を把握してから3カ月以内であれば審査を開始でき、買収契約の事実を把握していない案件については、過去5年以内の案件が同プロセスの対象になる。いずれの場合でも、審査期間は、今回の法改正により、これまでの2カ月から最長4カ月に延長されている。これらの規則については、EUおよびEFTA域外の企業が、域内に設置した子会社を通じてドイツ国内企業を買収・出資する場合にも適用される可能性がある。M&Aによって、ドイツや欧州市場への進出方法を図る日本企業も増えてきていることから、今後の実務面での影響も心配される。

ドイツにおけるM&A案件は4倍強に拡大

ドイツ貿易投資促進機関(GTAI)によると、2016年の国外からの投資案件は3,651件と2015年の2,325件に比べ57.0%増加し、このうちM&A案件は2015年の413件から1,707件と4倍強に拡大した(2017年7月6日記事、図参照)。ドイツではこれまで技術革新や雇用創出などの観点から国外からの直接投資を積極的に受け入れてきたが、中国家電大手の美的集団によるドイツ産業機器大手クーカ(KUKA)の買収を契機に、安全保障や技術流出などのリスクを指摘する議論が活発になった(2016年6月20日記事参照)。

図 外国企業によるドイツ企業の買収案件数の推移

国内の経済団体には否定的な見方も

今回の法改正に対し、産業界からは否定的な意見も聞かれる。ドイツ産業連盟(BDI)の役員の1人であるシュテファン・マイア氏は主要メディアの取材に対し、「BDIは、投資の抑制につながりかねない規制の改正に反対する。ドイツが外国人投資家にとって開かれた市場であることを証明しなければならない」とコメントした。また、ドイツ商工会議所連合会のアヒム・デルクス会頭も、今回の法改正は必ずしもドイツ国内企業の利益につながらないとの見解を示している。与党内からも「自由貿易と市場開放をうたったG20サミットの直後に保護主義的な障壁を築くのは、ドイツの(政策の)信頼性を損なうものだ」との声も出ている。

(森悠介、ゼバスティアン・シュミット)

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