国際連系線整備計画の行方を注視する必要-EU離脱によるエネルギー産業への影響(1)-

(英国)

ロンドン発

2017年06月02日

英国のEU離脱(ブレグジット)が国内各産業界に与える影響については、EU加盟国との間での輸出入に関税が発生することが懸念される製造業や、いわゆる「EU単一パスポート」の喪失が事業活動の阻害要因となる金融業を中心に論じられることが多い。一方で、基幹インフラの1つとして英国産業の基盤をなすエネルギー事業への影響が語られることは少ない。加盟各国のエネルギー市場の統合が進むEUから離脱すれば、その影響は多方面に波及することも懸念される。EU離脱によるエネルギー産業への影響について、5回に分けて報告する。

重要性が増すフランスなどとの国際連系接続

近年、再生可能エネルギーの導入が急速に進む英国では、電力の需給バランスの確保が重要な課題になっている。この解決策の1つとして重要なのが、他国と送電網(国際連系線)を接続し、需給状況に応じて電力をやり取りする国際融通だ。英国では現在、フランス〔2ギガワット(GW)〕、オランダ(1GW)、アイルランド〔500メガワット(MW)〕との間に国際連系線が整備されており、接続された国からの電力の総輸入が、英国からこれらの国への総輸出を上回る状況にある(表1参照)。

表1 英国の電力純輸入量の推移〔単位:ギガワット時(GWh)〕
プラスの値は純輸入量、△マイナスの値は純輸出量
国名 2013年 2014年 2015年
フランス 10,302 14,951 13,838
オランダ 6,335 7,856 7,999
アイルランド △ 2,206 △ 2,287 △ 898
合計 14,431 20,520 20,938

(出所)ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)

国際融通は、英国にとってだけ重要なわけではない。再生可能エネルギーの導入加速への対応やエネルギー安全保障確保などの観点から、EUは「エネルギー同盟」構築を志向しており、国際連系線の整備により加盟国間での国際融通を図り、EUとして十分に統合された域内エネルギー市場を構築することを目標として掲げている。EUでは既に、欧州エネルギー規制当局間協力庁(ACER)や欧州送電系統運用者ネットワーク(ENTSO-E/G)などを通じ、加盟国のエネルギー市場の協調を図る取り組みがされているが、十分に統合されたEUエネルギー市場構築に向け、この流れを強化する方向だ。

EU離脱で連系線新設に悪影響も

英国のEU離脱により、統合を進めるEUエネルギー市場へのアクセスが阻害されることが懸念される。とりわけ、フランス、ベルギー、デンマークといった隣国との間で進められている新たな国際連系線の整備計画が滞ることへの警鐘が鳴らされている(表2参照)。

表2 EU加盟国との国際連系線整備計画(単位:GW)
国名 プロジェクト 事業者 容量
フランス エレク・リンク スター・キャピタル・パートナーズ、
グループ・ユーロトンネル
1.0
FABリンク トランス・ミッション・インベストメント、RTE 1.4
IFA2 ナショナル・グリッド、RTE 1.0
ベルギー NEMO ナショナル・グリッド、エリア 1.0
デンマーク バイキング ナショナル・グリッド、エナジネット 1.0
アイルランド グリーン・リンク エレメント・パワー 0.5
合計 5.9

(出所)ガス・電力規制庁(Ofgem)

国際連系線の整備はビジネスベースで行われるものであり、EU離脱が即座に計画を阻害するわけではない。しかし、「フィナンシャル・タイムズ」紙(電子版1月5日)は「EU離脱後のEU加盟国との電力取引についての諸条件が明らかにならない段階で、投資の意思決定を行うことは困難」とする整備計画関係者のコメントを紹介している。あるエネルギーコンサルタントは国際連系線整備計画の見通しについて、「既に建設が始まっているプロジェクトや資金的なめどが立っているプロジェクトは進捗するとみられるが、計画の初期段階にあるものはより慎重な判断がされるかもしれない」との見解を同紙に対して述べている。

4月7日には、英国の送電事業者ナショナル・グリッドとフランスの同業RTEが計画を進め、2020年の運用開始を目指す国際連系線整備プロジェクトのIFA2について、イタリアの電線製造大手プリズミアンが海底ケーブル敷設を、スイス重電大手ABBが高電圧直流変換所の製造・建設をそれぞれ受注することが明らかになった。このように着々と前進するプロジェクトがある一方で、後続のプロジェクトの行方には注視する必要がありそうだ。

影響額は1億6,000万ポンドとの試算も

国際連系線を介した大陸側から英国への電力輸入量は近年増加傾向にある。この要因として挙げられるのが、英国内における再生可能エネルギーの導入加速と、大陸側との電力価格差だ。英国の発電事業者が負担する二酸化炭素(CO2)対策コストや系統使用コストは、大陸側の事業者に比べて割高なことが背景にある。

EU離脱により国際連系線の整備に遅延や取りやめといった事態が生じれば、EU加盟国との間の電力価格差にも影響が及ぶ。ナショナル・グリッドの試算によると、新設計画が滞ることによる影響は年間で1億6,000万ポンド(約227億円、1ポンド=約142円)に上るという。

また、英国は2025年までに石炭火力発電からの脱却を目指しており、石炭火力発電所の閉鎖が急速に進む。さらに、原子力発電所の老朽化も進んでおり、供給力の確保が重要な課題になっている。国際連系線も重要な供給力の1つと見なされており、この整備に遅延が生じるようだと、需給バランス確保に影響が及ぶことも懸念される。

(佐藤央樹)

(英国)

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