業績と今後の見通しに応じて勧告-全国賃金評議会が2017/2018年度ガイドラインを発表-

(シンガポール)

シンガポール発

2017年06月20日

全国賃金評議会(NWC)は2017/2018年度(2017年7月〜2018年6月)の賃金ガイドラインで、景気回復の勢いが分野ごとに異なるのを受け、前年度と同様、企業の業績と見通しの状況に応じた個別ガイドラインを勧告した。また、前年度に引き続き、低所得者の賃金引き上げに数値目標を設定し、所得の底上げに重点を置いた内容となった。

業績と今後の見通しに応じて3つのガイドラインを設定

政労使の代表で構成するNWCが5月31日発表した2017/2018年度の賃金ガイドラインは、依然として厳しさを増す経営環境などを意識した内容となった。NWCは人材省、全国労働組合会議(NTUC)、シンガポール国家雇用者連合(SNEF)と、日本を含む外国商工会議所などの代表で構成される。景気や雇用市場の動向、経済見通しなどを勘案して、その年の賃金改定の指針となるガイドラインを毎年発表している。当ガイドラインを基に、進出日系企業も組合や従業員との協議を行い、賃金を決めていくことになる。

NWCは今回のガイドラインで、前年度の勧告と同様、個別企業の業績と今後の見通しの状況に応じた3つのガイドラインを設定した。まず、(1)業績と今後の見通しがともに好調な企業に対しては、ベースアップと業績に応じて変動可能な可変給の支給を勧告した。(2)業績が良くても今後の見通しが不透明な企業に対しては、節度あるベースアップと、業績に応じた可変給の支給を求めた。(3)業績も見通しも厳しい企業に対しては、賃上げの抑制を勧告した。

実質給与の伸び率が低下、黒字企業も縮小

人材省発表の2016年賃金報告によると、民間企業のインフレ率を加味した2016年の実質総賃金〔賞与と雇用主負担の中央積立基金(CPF)を含む〕は前年比3.6%増と、2015年(5.4%増)を下回った(図参照)。実質基本賃金も4.0%増と、2015年(4.7%増)を下回った。これは、経営環境の悪化に伴い、民間企業全体に占める黒字企業の割合が2014年以降、3年連続で縮小したことを反映したものとみられる。同賃金報告によると、2016年に賃上げを実施した民間企業の比率は58%と、2015年の64%を下回った。

図 民間企業の実質賃金伸び率と黒字企業比率の推移

NWCは今回の勧告で、2017年の見通しについて世界経済の回復が見込まれるが、シンガポール国内経済については、分野ごとに回復の勢いが異なると指摘した。エレクトロニクスや輸送・倉庫など外部需要に牽引される部門や、国内需要があるヘルスケアなどの部門が国内経済を支える一方、建設、海洋・オフショアエンジニアリング、小売り・飲食サービスなどの部門を取り巻く環境が引き続き厳しいと見込んでいる。このため、雇用市場の見通しも部門ごとに異なるとみられ、一部の部門については新規雇用に引き続き慎重になると予想される。

低所得者の給与底上げで勧告対象の下限を1,200Sドルに引き上げ

一方、2017/2018年度のNWCのガイドラインは前年度と同様、低所得者の賃金底上げに重点を置いた内容となった。シンガポールでは最低賃金制度がないため、NWCは2012年度以降毎年、低所得者層の給与最低ラインに具体的な数値目標を設定している。その結果、基本月給が1,000シンガポール・ドル(約8万円、1Sドル、1Sドル=約80円)未満のフルタイムの労働者(永住権者を含む国民)の比率は2011年度に10.6%だったのが、2014年度に6.8%、2016年度には4.7%へと低下したと推定される。NWCは低所得者の所得の底上げのため、2015年度に賃金引き上げ勧告対象となる低所得者層の基本月給の下限を、それまでの1,000Sドルから1,100Sドルに引き上げた。今回のガイドラインではこの下限を1,200Sドルとし、対象となる低所得者について45~60Sドルのベースアップを勧告した。

人材省は同日、NWCの2017/2018年度の賃金ガイドラインの内容を政府が了承したと発表した。NWCの2017/2018年度の賃金ガイドラインの骨子は以下のとおり。全文は人材省のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。

  1. ビジネス環境が分野ごとに異なり、国内経済構造の転換が進行中であることを考慮して、賃上げは持続可能で公平であるべきという原則を再確認する。その上で、雇用主に対し、a.業績が好調で、見通しが良いと見込まれる場合、ベースアップと業績に応じて変動可能な可変給の支給、b.業績が良いものの見通しが不透明な場合、節度あるベースアップを実施。ただ、業績に応じた可変給を支給すること、c.業績も見通しも厳しい場合、賃上げの抑制。賃上げ抑制の場合には経営幹部が模範を示すことを勧告。
  2. NWCは、(2017年2月発表の)未来経済委員会(CFE、注1)の提言を歓迎。政労使のパートナーに、CFEが提言した分野ごとの産業変革マップ(ITM)を積極的に導入するよう呼び掛ける。
  3. (勧告対象となる)低所得者の基本月給の下限を1,100Sドルから1,200Sドルに引き上げ。雇用主に、a.低所得労働者にSドルベース、パーセント(%)ベースの双方で賃上げ、b.月給1,200Sドル以下の労働者に45~60Sドルのベースアップ、c.月給1,200Sドル以上の低所得労働者について、そのスキルと生産性に応じた適正な賃上げか、一時金、またはその両方の支給を勧告。
  4. 清掃人や警備員などを派遣する企業は、派遣社員との新規契約の中に年間賃金調整を盛り込むべき。派遣サービスの買い手も、必要であれば契約額の調整を認めるなどして賃金調整努力を支えるべき。
  5. NWCは、2017年7月1日からの再雇用契約の提示年齢義務を、65歳から67歳に引き上げた(注2)ことを歓迎。
  6. 2017年1月1日から、(5人以上を)解雇した場合の人材省への報告が義務付けられたことについて(注3)、政労使が解雇対象者の再雇用と再訓練などの支援に役立つと指摘。解雇が避けられない場合、雇用主は解雇実施の際には責任を持って公平に行うよう再確認。

(注1)未来経済委員会(CFE)は2017年2月、向こう10年間の経済戦略提言を発表。その中で、23の業種ごとに異なる目標を設定し、それぞれ独自の課題の解決を図る「産業変革マップ(ITM)」の導入を明らかにした(2017年2月27日記事参照)。

(注2)「定年退職・再雇用法」に基づき、これまで定年退職年齢の62歳に達した従業員に65歳まで再雇用契約を提示することを雇用主に義務付けられていたが、2017年1月1日から同契約提示年齢を67歳へと引き上げた。

(注3)人材省は2017年1月1日から、10人以上を雇用する企業に対し、6ヵ月以内に計5人以上を解雇する場合、解雇通知から5営業日以内に同省への報告を義務付けた(2016年12月7日記事参照)。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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