トランプ政権が税制改革案の骨子を発表-国境調整税は盛り込まれず-

(米国)

ニューヨーク発

2017年05月12日

 トランプ政権は4月26日、税制改革案の骨子を発表した。連邦法人税率の引き下げや源泉地課税方式への移行など、下院共和党の案(ブループリント)と改革の方向性は一致している。ただし、税率の引き下げ幅や代替財源の在り方をめぐる政府と下院共和党との隔たりは大きく、国境調整税も盛り込まれていない。骨子の企業税制部分について報告する。

連邦法人税の15%への引き下げを明記

ゲイリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長とスティーブ・ムニューシン財務長官は4月26日に共同記者会見外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを行い、税制改革案の骨子を発表した。一枚紙PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)に箇条書きで示された骨子は、下院共和党が2016年6月に発表した税制改革案(ブループリント)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)と方向性はおおむね一致しているが、税の引き下げ幅や代替税源の在り方においては依然隔たりが大きい内容になっている(表参照)。

現行制度と税制改革案の比較
項目 現行制度 政府案(2017年 4月26日発表) 下院共和党案(ブループリント)
(2016年6月24日発表)
連邦法人税の最高税率 35% 15% 20%
パススルー事業体の所得に対する最高税率 39.6%
(個人所得税)
15% 25%
課税方式 全世界所得課税+外国税額控除制度(注) 源泉地課税方式 源泉地課税方式
海外留保利益への課税 米国への資金還流時に課税 一度きりの課税 一度きりの課税(現金および現金同等物に対しては8.75%、 それ以外は3.5%)
国境調整税 なし 言及なし 法人課税において、輸出は益金不算入、 輸入は損金不算入とする国境調整税を導入

(注)海外で支払った税金を米国の税額から控除する制度。
(出所)政府資料「A Better Way」(下院共和党)など

企業税制改革では、法人税の引き下げと源泉地課税方式への移行を柱としている。ムニューシン財務長官は「過去25年間、他国は企業誘致を目的に法人税率を引き下げ、源泉地課税方式に移行してきたが、米国はそのどちらも行ってこなかった」と述べ、国際競争力の強化に向け、これらの改革を行う必要性があることを強調している。

連邦法人税については、現行で最大35%の法人税率を15%に引き下げると明記した。下院共和党はブループリントにおいて、20%への引き下げを提案している。他方、トランプ氏は大統領選挙期間中から15%への引き下げを主張していた。骨子に明記することで、15%までの引き下げを共和党議会にあらためて求めたかたちだ(注1)。

民間調査機関タックス・ファウンデーションの資料(2017年4月)によると、地方税も含めた米国の法定税率は39.1%で、世界で2番目に高い水準(1位はコロンビア)だ。また、追加投資を行った際の収益に課される限界実効税率(Marginal Effective Tax Rate:METR)では、米国は国別で5位、OECD加盟国では日本とフランスに次ぐ3位だった。

「パススルー」課税も15%に引き下げ

改革案では、「パススルー事業体」の構成員の所得に対する税率も、法人税率と同様の15%に引き下げるとしている。ブループリントで示された税率は25%で、下院共和党の案よりも大幅な引き下げを提案している。

パススルー事業体とは、株式会社(C-Corporation)以外の事業体であり、個人事業主(Sole Proprietorship)や小規模法人(S-Corporation)、共同事業体(Partnership)、有限責任共同事業体(Limited Liability Partnership:LLP)などを指す(注2)。

株式会社の場合は法人所得に課される連邦法人税に加えて、配当やキャピタルゲインが生じた際には株主が個人所得税を支払う必要があるが、パススルー事業体に対しては連邦法人税の支払いは求められず、出資者による個人所得税の支払いのみで済むなどの税務上のメリットがある(注3)。

内国歳入庁(IRS)によると、米国の事業体の総数のうち、株式会社は約5%にすぎず、残りの約95%がパススルー事業体(図1参照)だ。また、収益では約4割をパススルー事業体が占めている(図2参照)。株式会社よりも企業規模は一般的に小さいが、ヘッジファンドや弁護士事務所、ベンチャーキャピタルファンドなど高所得者層の勤務する企業が同制度を多く活用している。

図1 事業体の件数別内訳(2012年)
図2 事業体別の収益内訳(2012年)

国内所得のみ対象の源泉地課税方式に移行

骨子はさらに、米国の国際課税制度について、海外子会社の利益も課税対象とする全世界所得課税方式から、国内所得のみを課税対象とする源泉地課税方式に移行するとしている。現行制度では、米国企業が海外で支払った税額分は米国の課税額から控除される(外国税額控除制度)が、控除分を除いた税額については、親会社への配当や米国国内に利益を還流させた際に課税される。

このため、米国企業は約2兆6,000億ドルもの資金を海外にためこんでいるといわれている(ブルームバーグ4月25日)。下院共和党は、法人税の引き下げと源泉地課税方式への移行により、米国企業が海外に保有する資金を米国内に還流させ、国内の事業活動を促進することを目指してきた。

骨子はまた、米国企業が留保している海外利益に対して一度きりの課税を行う方針を示している。ただし、適用される税率については明らかにされていない。ムニューシン財務長官は、課税率については議会と調整を行っている、と述べている。

具体的な代替財源には触れず

骨子は減税策が中心で、減税を補う代替財源に関する具体的な提案はみられなかった。ムニューシン財務長官は、骨子に示された案は「税収中立」(減税による減収分を別の財源で補うこと)であり、「経済成長と控除措置の縮小、税制の抜け穴をふさぐことで、必要な財源は確保できる」と述べたが、具体的な代替財源については触れていない。

代替財源として下院共和党が導入を求めてきた国境調整税も、骨子には含まれていない(注4)。国境調整税は、生産地ではなく消費地をベースに課税(仕向け地課税)を行うもので、法人課税において、輸出品を益金不算入とし、輸入品の損金算入を認めない税制度になっている。国内品に対して輸入品を不利に扱うため、輸入が多いアパレルや小売業界などから批判の声が強く上がっていた。

トランプ政権は、5月中に公聴会を実施し、上下両院と税制改革案の詳細を詰めていくとしている。ポール・ライアン下院議長(ウィスコンシン州)やミッチ・マコーネル上院多数党院内総務(ケンタッキー州)、ケビン・ブレイディ下院歳入委員長(テキサス州)、オリン・ハッチ上院財政委員長(ユタ州)の共和党幹部も共同外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで声明を発表し、骨子を「議会と大統領が米国の税制を見直すための欠かせない『道標(Guideposts)』」と位置付けた。

(注1)大統領には、議会に対する法案提出権限がない。今回発表された税制改革案の骨子は、政権としての方針を示したものに過ぎず、法案化には議会との調整が必要。

(注2)各事業体の詳細については、ジェトロのウェブサイト参照。

(注3)財務省の推計(2015年10月発表)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)によると、2011年の各事業体の実質的な税負担は、株式会社:31.6%、共同事業体:15.9%、小規模法人:24.9%、個人事業主:13.6%となっている。パススルー事業体の税負担は、株式会社より小さい。

(注4)ブループリントは、国境調整税の導入により、今後10年間で1兆ドル超の税収増が見込まれるとしている。

(鈴木敦)

(米国)

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