レストランの進出には戦略的な検討が重要-ニューヨークで「米国法務ウェビナー」開催(1)-

(米国)

ニューヨーク発

2017年05月24日

 日本食への世界的な人気の高まりを背景に、米国では近年、日本の外食企業の進出が相次いでいる。ジェトロではニューヨークの法律事務所モーゼス&シンガー(Moses & Singer)の内藤博久弁護士を講師として迎え、2月16日に「米国法務ウェビナー」(オンラインセミナー)を開催した。ウェビナーの概要について、2回に分けて報告する。前編はニューヨークにおける会社設立手続きおよび資産売買契約について。

会社の設立方法を多方面から検討

米国でレストランを始める場合、事業形態としては支店、コーポレーション(Corporation)、LLC(Limited Liability Corporation)などの選択肢がある(表参照)。出資比率100%の子会社を設立する際は、コーポレーション形態を選んだ方がよい。支店は非法人事業主体で、無限責任となる。そのため、米国の法的リスクがそのまま日本法人に波及してしまう可能性があり、米国は訴訟のリスクも高いため、支店形態は好ましくない。LLCは税務上のメリットがある「パス・スルー課税」制度(注)を活用できるため、米国ではレストランの法人形態として好まれる形態ではある。一方、完全子会社を設立する場合、日本の税法上パス・スルー課税が認められていないことに加え、同制度を活用した場合、日本の親会社が米国税務当局による調査の対象となるなどのデメリットがある。ただし、持ち株会社としてコーポレーションを米国に設立した後に、その傘下に各店舗を孫会社としてLLCで設立することで、LLCの特性を生かすことができる。

表 米国における事業形態ごとの概要

コーポレーションの設立については、州によって基本定款の作成方法も異なる。米国における法人設立の手続きは日本よりも簡単で、基本定款の申請、法人格の取得、創立総会および取締役会の開催、雇用主証明番号(Employer Identification Number:EIN)取得、銀行口座開設という流れになる。

会社を設立する州については、レストランを運営する州で会社を設立するのが基本だが、複数の州でレストランを展開する場合には注意が必要だ。例えば、ニューヨークとカリフォルニアの2州にまたがって展開する場合、(1)ニューヨークで設立した子会社の下にカリフォルニアの孫会社であるLLCを設立する、(2)ニューヨークで設立した子会社の州外法人としてカリフォルニアにニューヨークの子会社の支店を設立する、(3)デラウェアに持ち株会社としての子会社を設立して、その孫会社としてニューヨークとカリフォルニアにLLCをそれぞれ設立する、といった3つのパターンが考えられる。

どのパターンが良いかは、ビジネスモデルによって異なるため一概には言えないが、法的リスクの波及という点では、会社を分離している(3)は一番リスクが低く、同一法人となる(2)は一番リスクが高い。一方、コスト面では、法人数の多い(3)のコストが最も高くなり、管理が容易な(2)ではコストを抑えることができる。なお、(3)のように会社を分離した場合でも、レストラン名や就業規則など、経営上の共通点が複数みられる場合、法人格否認の原理によって同一の会社と見なされ、責任が波及する可能性があり、留意が必要だ。また、会社を清算したからといって、経営者個人の責任を排除できない可能性もある。

理想的な契約スケジュールで交渉を

米国で事業活動を行う上で、その活動の拠点となる物件探しは不可欠だ。物件の取得方法は新規リース契約のほかに、既存のレストランの資産(キッチン器具や設備)に加えてリース契約など売り主(既存のレストラン)が過去に契約したテナントとしての権利を含めて受け継ぐ「キーマネー方式」と呼ばれる資産売買契約、の2パターンが考えられるが、今回は、売買契約に焦点を絞って紹介する。

新規リース契約と比べ、キーマネー方式では最初から設備が整っており、さらに、賃料相場が右肩上がりとなっている中、売り主がもともと契約していた賃料が現在の相場よりも低いことがあり、初期費用を抑えられる利点がある。このため、日本から進出する企業が利用することが多い。下記の図が売買契約における理想的な流れとなる。

図 米国における会社設立までの流れ

ここでいう売買契約とは独占的に交渉を行うことを約束する契約で、実際に契約が完了するのはデューデリジェンス期間を経てリース譲渡の許可を得た上で、最終的にクロージングした時点で契約が発効する。デューデリジェンス期間は、引き継いだ資産に不備がないか、契約トラブルや債権者の存在などの潜在債務がないか、または賃料未払いや無許可工事の有無などのリース契約の順守がされているかなど、好ましくない債務およびリスクがないか調査する期間で、通常30~60日となっている。

なお、売買契約の前にデューデリジェンス期間が来る場合、売買契約を締結した時点で実質上のクロージングとなるため、注意が必要だ。この場合、契約に不備が見つかったとしても契約を解消することができない。この場合、売り主はデューデリジェンス期間中にほかの契約者との契約が可能となるため、不利な交渉となってしまう。

売買契約の注意事項としては、以下の点に注意が必要となる。まず、リース契約が引き継がれるため、同契約について大家とあらためて交渉することは困難だ。そのため、大家が物件を売却または解体する際に、大家がテナントを強制的に退去させる権利条項(Demolition Clause)など、テナントに不利な条項が盛り込まれていないか、事前に確認する必要がある。第2に、ニューヨーク州では、リカーライセンスは継承できない資産となっているため、新規に申請する必要がある。第3に、資産売買に対する売上税は買い主負担となる。第4に、債権者の存在や裁判の有無など、調査会社を雇うなどしてリスクを引き継がないよう調査する必要がある。第5に、ニューヨーク州では売り主の未払い税金は買い主が引き継ぐことになっているため、州の税務局から売買物件について未払いの税金がないという確認が取れた後に、クロージングを行うべきだ。第6に、クロージングの日程を決めた際に家賃の日割り計算など、価格調整の必要性を確認する。最後に、クロージング後に未払い債務などを発見した際に、売り主が会社を解散していた場合、請求できる相手がいなくなってしまうため、売り主の個人補償を約束しておく、またはエスクロー(取引の安全性を保証する仲介サービス)を設けて問題が発生した際の補償を確保しておくことが重要となる。

(注)事業体が得る課税所得について、法人としての課税を受けずに、出資者を直接の納税主体として課税を行う制度。

(渡辺謙二郎、福冨知亜紀)

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