産官学の連携でイノベーション推進を加速-スコットランドのライフサイエンス産業(1)-

(英国)

ロンドン発

2017年04月19日

 英国のEU離脱(ブレグジット)に関する国民投票(2016年6月)以降、独立をめぐる2度目の住民投票の機運が高まるスコットランド。政治の動きに注目が集まるが、経済に目をやると、英国内でトップレベルの生産性の高さと主要産業の成長がみられる。スコットランド政府は、中でも産官学の連携がイノベーション推進を加速させているライフサイエンス産業を積極的に支援している。スコットランドのライフサイエンス産業について3回に分けて報告する。

生産性の高さがスコットランド経済の強み

英国内におけるスコットランドの経済規模は、2015年に粗付加価値額(GVA)で7.6%と、その存在感は大きくはない。しかし、1時間当たりのGVAでは12地域中、ロンドン、南東部イングランド、東部イングランドに次ぐ4位で、労働生産性の高さは英国内でもトップレベルにある。都市部の経済成長は特に顕著で、スコットランド第2の都市エジンバラの2015年のGVAは前年比5.8%増と、英国内の主要都市で最も高い成長率だった。

スコットランド政府は2015年3月に経済戦略を発表し、今後の経済発展に大きく寄与すると期待される有望6分野を特定した。具体的には、食品・飲料、クリエーティブ産業(デジタルを含む)、観光、エネルギー(再生可能エネルギーを含む)、金融・ビジネスサービス、ライフサイエンスだ。スコットランド統計局のデータに基づくと、6分野合計でスコットランド全体の雇用の28%、企業数の46%、総輸出の54%を担っている。

有望6分野の中でも特に注目されるのはライフサイエンス産業で、日本でも大きな話題となったクローン羊のドリーは、スコットランドで誕生した。スコットランド統計局によると、スコットランドのライフサイエンス産業は2010年から2014年までの5年間で総売上高が29%増、GVAは24%増、総従事者数は13%増と、急速に成長している。その産業集積により、2014年時点の総売上高は43億ポンド(約5,848億円、1ポンド=約136円)、GVAは20億ポンド、総産業従事者数は3万7,000人以上、企業や研究機関を含む組織の数は700以上にも及ぶ。

産学連携をスコットランド政府が促進

スコットランド政府は2月、ライフサイエンス産業の業界団体「ライフサイエンス・スコットランド・インダストリー・リーダーシップ・グループ(LSG)」と共に、「スコットランド・ライフサイエンス戦略2025」を策定した。同戦略では、2025年までに同セクターの売上高を80億ポンド規模にまで成長させるなど、野心的な目標を掲げている。

戦略の中では、スコットランドのライフサイエンス産業の強みの1つとして、産官学の協力体制が挙げられている。スコットランド政府は近年、産学合同のイノベーションセンターの設置を進めており、3月時点で8つあるイノベーションセンターのうち、5つはライフサイエンス産業関連で、大学や病院、研究機関、地場・外資企業が同じ敷地内に集まっている。

また、スコットランド国民保健サービス(NHS)の研究開発に対する積極的な支援も、英国の他地域にはないスコットランドの強みだ。スコットランドNHSの内部機関であるNHSリサーチ・スコットランド(NRS)は、研究開発や臨床試験、規制対応に関する包括的なサポートを研究者たちに提供し、NHSの持つ広範な知識と患者情報の利用による、臨床試験の計画立案や被験者選びまでをサポートしている。こうして、研究開発や臨床試験のコスト削減や成功率の向上に寄与している。

英国のEU離脱が成長の足かせになる可能性も

グラスゴー市が2016年10月に発表したレポート「英国のEU離脱とグラスゴー経済」では、英国のEU離脱(ブレグジット)がライフサイエンス産業に与える影響として、外国為替、人材へのアクセス、「ホライズン2020」などのEUの補助金へのアクセス、パテントボックス制度(注)、の4点を挙げている。特に、EUの大学との共同研究やEUとの人材交流、EUからの補助金による支援は、スコットランドの企業や大学、研究機関にとっても重要性が高く、これらに影響が出ると、スコットランドのライフサイエンス産業の成長にも大きく響くと予想している。

2017年3月には、ヘルスケアの世界的ブランドであるジョンソン・エンド・ジョンソンのスコットランドの工場閉鎖が報じられるなど、ブレグジットとの関係は明らかではないものの、企業撤退の事例も出てきている。スコットランド政府は、今後も現在のビジネス環境を維持し、EU国籍の高度人材のつなぎ止めやEUとの共同研究へのアクセスを確保するため、英国からの独立も選択肢として、英国政府との交渉に臨んでいく姿勢を示している。

(注)英国または欧州で認められた特許、農業や医薬品の知的財産(意匠権や商標権は含まない)から得た利益から通常経費(人件費、土地建物費、マーケティング費など)を控除した額に対し、10%の税率を適用する。

(松浦美保)

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