移転価格文書の新規則、日系企業にも影響

(インドネシア)

ジャカルタ発

2017年03月09日

 財務省が2016年12月30日に施行した、移転価格税制に関する新規則による影響が広がっている。同規則はOECDの提言に基づきG20諸国が進める移転価格文書の導入に対応したもの。新規則によると、2016年12月度以降の年度決算が対象で、決算後4ヵ月以内に移転価格文書を作成しなければならない。新規則は日本などと比べて厳しい内容で、日系企業は文書の準備を迫られている。事実上、対応は困難とみる向きもあるが、税務調査では移転価格を指摘される事例が頻出している。

<関連会社との取引が少額の場合も対象に>

 OECDは、近年の多国籍企業によるグローバルなビジネス活動の中で、グループ企業間の取引や各国の税制の違いを利用して課税所得を操作する行為を問題視し、G20諸国で国際協調による税制を導入すべく、2012年から税源侵食と利益移転(Base Erosion and Profit Shifting:BEPS)に関するプロジェクトを立ち上げていた。2015年9月に最終提言が取りまとめられ、そのうち行動計画第13番「多国籍企業情報の文書化」(国税庁ウェブサイト)では、一定要件を満たす多国籍企業に対し、(1)マスターファイル(企業グループによる活動の全体像など)、(2)ローカルファイル〔関連者(注)間取引における価格算定基準など〕、(3)国別報告書(国別の企業活動など)の移転価格文書の整備を決定した。最終提言を受けてG20諸国では、移転価格に関する国内規則を整備する動きが広がっていた。日本では租税特別措置法の一部改正により、2017年4月以降に開始される会計年度から、連結売上高1,000億円以上の多国籍企業を対象に移転価格文書の整備を義務付けた(国税庁ウェブサイト参照)。

 

 他方、インドネシア財務大臣規則第213号(No.213/PMK.03/2016)では、関連者間取引のある在インドネシア企業(内資、外資を問わず)で年間売上高(関連者以外との取引含む)が500億ルピア(約4億2,500万円、1ルピア=約0.0085円)超の場合など、売上高や関連者間取引について独自の国内基準を導入した。同基準により日本などと比べて小規模な企業も対象とされ、さらに該当する企業には、同規則施行日以降に終了する事業年度(2016年12月以降の年度決算)以降、該当する文書の作成義務が生じた(表1参照)。作成義務がないのは、関連者間取引が全くない場合、あるいは関連者との取引が小規模および年間売上高が少額の場合のみだ。

表1 財務大臣規則第213号に基づく移転価格文書の作成要件

 同規則によると、マスターファイル、ローカルファイル、国別報告書にはそれぞれ表2の内容が含まれる。マスターファイルとローカルファイルは事業年度末から4ヵ月以内の作成義務がある。当該年度の法人税申告書を税務署に提出する際、各ファイルの提出義務はないものの、所定様式に各ファイルの作成日を記入し、必要事項が含まれているかチェックして署名する必要がある。さらに税務調査の際には、税務署の要請があれば各ファイルを提出する義務がある。国別報告書は12ヵ月以内に作成し、翌年度の法人税申告書に添付する。

表2 各移転価格文書に含まれる内容

<日系企業は税務リスクの確認を>

 移転価格税制の新規則については、ジェトロが2月22日にスラバヤで開催した企業実務セミナーで、中小企業プラットフォームコーディネーターの三好博文氏(日本公認会計士)が、日系企業に与える影響と対応上の留意点を以下のように解説した。

 

 新規則によって移転価格文書を準備しなければならない企業の対象が広がる可能性が高い。従来規則では、関連者ごとに年間100億ルピア超の取引がある場合のみ文書の作成義務があったが、新規定では、関連者との取引が少額であっても、年間500億ルピア超の売上高(関連者以外との取引を含む)がある場合に作成義務が生じる。従って、少しでも親会社や関連会社との取引を有する日本企業は、年間売上高が500億ルピアを超えた段階でマスターファイルとローカルファイルを作成することになるため、インドネシアに進出した多くの日系企業に影響が及ぶとみられる。

 

 各文書の作成期日、日本本社との連携、使用言語については特に注意が必要だ。新規則によると、事業年度終了から4ヵ月以内にマスターファイルとローカルファイルを作成しなければならない。例えば2016年12月末に事業年度決算を迎えた企業は、2017年4月末までに書類作成が求められるなど、即時対応が必要な状況で、事務的なスケジュールを勘案すると期限内の対応は困難とみられる。特に、ローカルファイルに含まれる「独立企業原則(Arm’s Length Principle)の適用に関する情報」は、親子間取引などの内容を第三者間取引と客観的に比較するもので、専門知識がない限り作成は困難だ。このため、会計事務所など専門家に委託することになるものの、少なくとも委託から納品までに約2ヵ月予定しておかなければならない。事業年度終了から約2ヵ月で年度決算を終了させるスケジュールを実務上困難とする企業は多いとみられる。

 

 また、移転価格文書の作成に当たっては日本本社との連携が不可欠だ。日本本社でまだマスターファイルなどを作成していない場合は、新規則の提出期限までに作成しなければならない。各資料は原則インドネシア語と規定されており、英語で作成した場合も翻訳して保管しておくことが必要となる。

 

 違反した場合の罰則については、「各税法令により罰則を課す(第13条)」と記載されているだけで、対応が間に合わなかった場合の罰則は曖昧だ。他方、法人税申告書提出までに対応が間に合わず、移転価格文書の作成日などを暫定的な日付で記入した場合、税務調査時に日付や内容の不一致を指摘される恐れがある。こうした問題に対する実務上の落としどころはまだ見えていない。インドネシアの税務調査では、これまでにも税務署が移転価格の是正を指摘し、多額の追徴金を課す事例が頻出している。親子間や関連会社取引が増えている企業はさらなる注意が必要だ。インドネシアに現地法人を有する日本企業は、まず新規則の対象となるかどうかを確認した上で、専門家と相談するなどの対応が必要だ。

 

(注)関連者とは持ち株比率25%以上のグループ企業を指す。

 

(山城武伸)

(インドネシア)

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