雇用や投資、企業は様子見を継続-英国経営者協会がEU離脱交渉で会員アンケート-

(英国)

ロンドン発

2017年03月22日

 政府は3月末までにEU基本条約第50条に基づく離脱の正式通知を行う予定で、4月にもEUとの交渉が開始される見込みだが、離脱交渉について英国の産業界はどのようにみているのか。英国経営者協会(IoD)のアンケート調査によると、国民投票後の経済の好調さにもかかわらず、企業は依然として雇用や投資で様子見の姿勢で、ポンド安の恩恵についても限定的のようだ。



<今後の経済や自社ビジネスには悲観的>

 IoDはEU離脱交渉に関する産業界の見方について、国民投票前から計6回(注)、会員に対するアンケート調査を実施し、詳細なデータを公表している。IoDは英国全土に48ヵ所の拠点を有し、中小から大企業まで経営者層を中心に約3万人の会員を有する英国の3大経済団体の1つ。

 

 IoDが実施した国民投票前(2016年3月)の調査では、会員の63%がEU残留を支持しており、投票直後(6月26日)も64%が離脱はビジネスに悪影響を及ぼすと回答した。EU離脱に悲観的な見方が大宗を占め、2016年10月時点でも49%が「EU離脱は自社ビジネスにとり脅威」と回答した。その後も、国民投票後の経済の好調さ(2017年3月8日記事参照)とは裏腹に、今後の英国経済や自社ビジネスの見通しについての悲観的な見方は、政府の期待どおりには回復していないといえそうだ(図1、図2参照)。


図1 今後1年間の自社ビジネスの見通し
図2 今後1年間の英国経済の見通し



 ビジネスで懸念される事項(複数回答可)としては、「英国の経済状況」(58%)に次いで、「不確かなEUとの貿易状況」(48%)との回答が多く、産業界においてEUとの貿易に関する懸念が高まっているようだ(図3参照)。一方で、政府の交渉は単一市場へのアクセスよりもEU労働者のアクセス制限に重点を置くなど、産業界の懸念に必ずしも応えているとはいえない。


図3 ビジネスに悪影響を与える要素(2016年10月)



 今後1年間の見通しについて、会員の多くは収益と利益については楽観的な見通しを立てているが、雇用や投資については変化なしとして、様子見の姿勢を継続しているようだ(図4、図5参照)。また、拠点の見直しについては、81%が「該当なし」としたものの、13%が「EUへの一部ないし全部のオペレーションの移転を検討」、6%が「EUでも英国でもない地域への移転を検討」、2%が「EUのオペレーションを英国に移転(戻す)ことを検討している」と回答するなど、拠点の見直しの動きも少なからずある。なお、「分からない」と回答したのは1%だった。


図4 今後1年間のビジネスの見通し(2016年11月)
図5 国民投票以降の投資と雇用計画(2016年10月)



<ポンド安、歓迎は一部だけ>

 ポンドの下落の影響に関する見方はどうか。ポンド安は輸出拡大や英国の経常赤字縮小などの好影響があると一部では歓迎する声もあるが、IoD会員のうち輸入を生業とする会員の75%が国民投票以降、輸入コストが上昇したとし、65%が今後12ヵ月間で製品・サービスの値上げを検討していると回答した。

 

 英国はサービス貿易は黒字だが、財の貿易は大幅な赤字で、純輸入国となっている。IoDは、財の輸入価格の上昇はサプライチェーンから消費者にあまり転嫁されていないため、物価上昇もそれほど急激には起こっていないが、これは輸入業者が為替ヘッジによりポンド下落の影響を抑えているからだと分析。為替ヘッジを行う企業の多くは、2017年初めまでしかヘッジをしておらず、それ以降は価格の引き上げが始まるかもしれないとしている。そのほか、原油価格の回復に伴う輸送コストの上昇や、EUからの労働者の制限がもたらす労働力不足によるコスト上昇なども、今後のインフレ要因となり得るとしている。

 

 ポンド安による輸出の拡大については、輸出を生業とする会員の22%がポンド安は輸出や利益拡大につながったと回答したものの、大半はポンド安の恩恵を受けていないと感じているようだ(図6参照)。一方で、今後1年間の期待では、EU域外の新しい海外市場に挑戦しない、分からないとの回答は45%、7%だったのに対し、48%がEU域外に新しい海外市場を求める意思を示すなど、企業意欲が高まっていることがうかがえる。


図6 ポンド安による輸出・売上高の増加の有無(2016年11月)



(注)IoDは、2016年3、7、9、10、11月、2017年1月に会員アンケートを実施。EU離脱に関する英政府への提言は報告書にまとめられている。

 

(佐藤丈治)


(英国)

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