イスラエルのエコシステム支える軍、シンガポールは政府が主導-「世界のイノベーション・エコシステムセミナー」報告(2)-

(イスラエル、シンガポール)

イノベーション促進課

2017年03月09日

 ジェトロが1月下旬に東京と大阪で開催した「世界のイノベーション・エコシステムセミナー」の講演内容を紹介する後編は、イスラエルとシンガポールのエコシステムを取り上げる。

<イスラエル:現地の人材がイノベーションの担い手>

 「イスラエルのエコシステム」については、ジェトロ・イノベーション促進課の奈良弘之課長(前テルアビブ事務所長)が概況を解説した(添付資料参照)。

 

 コンパスが発表した2015年の「世界のスタートアップ・エコシステム・ランキング」では、テルアビブは5位に位置している(2017年3月8日記事参照)。米国以外の都市の中では最高の順位だ。奈良課長は「日本では、これまでイスラエルに関してテロなどの政治関連の報道が多かったが、最近では有力なベンチャー企業が次々と生まれる国として認知されつつあり、企業の関心も高まってきている」と話す。

 

 世界中から人材が集まるシリコンバレーと異なり、イスラエルでは現地のイスラエル人がイノベーション産業の担い手だ。また、自国のマーケットが小さいため、ベンチャー企業の多くは、事業が拡大するとシリコンバレーなど他地域に展開し、最終的に外国企業に事業を売却することを目指す傾向がある、と奈良課長は指摘する。

 

 奈良課長は、イスラエルがイノベーション産業の拠点となった理由として、近隣諸国との不安定な政治情勢が続いていたことを挙げる。同国は周辺諸国からの軍事的脅威に対処するために高度な軍事技術を開発してきたが、それが商業化され、サイバー技術などのハイテク産業の発展につながったという。

 

 イスラエルのエコシステムの中で、最も重要な役割を果たしているのは「軍」だ。奈良課長は「イスラエルは徴兵制を採用しており、高校を卒業すると男女ともに兵役に就く。兵役中に、大きな責任とプレッシャーの下で意思決定を行うこと、暗号解析などの高度な科学技術を身に付けること、所属部隊の中でネットワークが構築されること、が後の起業の際に生かされていく」と語る。

 

<シンガポール:政府の出資を呼び水にベンチャー投資が活発化>

 「シンガポールのエコシステム」では、ジェトロ・シンガポール事務所の澤田佳世子ディレクターが概況を解説した。

 

 前述の「エコシステム・ランキング」によると、シンガポールは10位で、アジアの都市の中では最も高い。また、デロイト・サウスイースト・アジアのレポートでは、シンガポールをロンドンと並んでフィンテックビジネスに最良の都市だと評価している。

 

 シンガポールと他都市との違いは、エコシステムの形成に政府が大きく関与している点にある、と澤田ディレクターは指摘する。2014年11月にリー・シェンロン首相が、国家戦略として情報通信技術(ICT)を積極的に導入し、生活・経済水準の向上を目指す「スマート国家構想」を発表した(2015年6月9日記事10月7日記事参照)。現在、首相府、貿易産業省や情報通信省などを中心にさまざまな政府機関がイノベーション政策に携わっている。例えば、中小企業政策の実施機関である規格・生産性・革新庁(SPRING)には、ベンチャーキャピタル(VC)がベンチャー企業に投資する際に、VCの投資額と同額を追加出資するスキームがある。政府機関が出資することで、それが呼び水となり、ベンチャー企業への投資が活発化することを目指しているのだ。このように、政府機関の支援が非常に手厚いことが、シンガポールの特徴だという。

 

 シンガポールの魅力には、外国企業に対する垣根の低さもある、と澤田ディレクターは話す。「政府の支援プログラムの中には外国企業も対象のものがある。シリコンバレーがビル・ゲイツ氏のようになりたい人が集まる地域だとすれば、シンガポールはビル・ゲイツ氏のような有能な人を政府主導で国内外を問わず集めている国だ」と指摘した。

 

(吉田暁彦)

(イスラエル、シンガポール)

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