昇給率の低さが魅力、独自の手当や福利厚生も-フィリピン進出日系企業の労務事情(2)-

(フィリピン)

アジア大洋州課、マニラ発

2017年02月03日

 フィリピンは、昇給率の低さも投資家にとってメリットといわれることが多い。日系企業の給与体系をみると、法律で定められた最低賃金、社会保険に加え、企業独自の手当や福利厚生制度の導入など工夫もみられる。連載の後編。

<2016年の最低賃金改定率は2.1%>

 フィリピンの投資環境の魅力の1つは、比較的安く、昇給率が緩やかな人件費だといわれる。法定最低賃金は地域ごと、業種ごとに定められ、1~2年に1回程度改定される。日系企業が多く進出するマニラ首都圏の法定最低賃金は2016年6月に改定され、非農業分野は日給491ペソ(約1,130円、1ペソ=約2.3円、注)となり、昇給率は前年比2.1%、5年前と比べても15.3%にとどまる(図参照)。マニラ首都圏で2011~2016年までに行われた同分野の改定率は、インフレ率とほぼ同程度で推移している。ASEAN他国では実質GDP成長率とインフレ率を足した水準が一般的とされる中、フィリピンの昇給率の低さは際立っている。

図 マニラ首都圏の法定最低賃金の推移(2011~2016年)

 また、ジェトロの「2016年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によると、フィリピン製造業・非製造業の2017年の昇給率は平均5.0%となった。過去7年間の推移をみると、他のアジア主要国と比べて低く、毎年5%台にとどまっている。

 

 なお、フィリピンの法定最低賃金は日給ベースで定められている。一般ワーカーやスタッフの給与支給はフィリピンの慣習に合わせ日給制とする企業が多く、マネジャーなど管理職は月給制としている企業が多い。労働法では、給与の支給は最長2週間に1回、または月2回(間隔は16日を超えない)と定められている(労働法第103条)ため、月給制の従業員には1ヵ月分の給与を2回に分けて支給する。

 

<「13ヵ月目の給与」も支給>

 また、「13ヵ月目の給与」と呼ばれる法定支給(賞与に似ているが、業績の反映ではない点で賞与とは異なる)について、基本給与の約1ヵ月分(112月に支払われた基本給与の12分の1)をクリスマスイブ(1224日)前までに支給することが定められている。この13ヵ月目の給与は、112月の1年間勤務すると満額支給となるが、勤務期間が1年未満の場合は勤務した月数に応じて支払われる。例えば、8月に入社した従業員の場合は12月に満額の約3分の11年のうち4ヵ月分)を支給する。支払い義務は、当該年に1ヵ月以上勤務した非管理職の従業員に対してのみ発生する。

 

 法定労働時間は18時間、週48時間と定められている(労働法第82条)。時間外労働に対する残業手当は、労働法により割増率が決まっている。例えば、平日の場合は8時間を超えた時間外労働には基本給の25%以上の割増率となるほか、休日は週休日、祝祭日などの種類によって割増率がそれぞれ決められている(労働法第8793条)。

 

3つの社会保険給付が義務>

 給与以外では、3つの社会保険の給付が義務付けられる。(1)社会保障制度(SSS):社会保障、労災補償など、(2)公的医療保険(PhilHealth):医療費や薬代の給付など、(3)持ち家促進相互基金(PagIBIG):住宅資金貸し付け、貯蓄などで、これら給付の労使負担割合は従業員の報酬により異なる。

 

 進出日系企業は、会社への帰属意識の向上、離職抑止、労働組合の要求への対応など理由はさまざまだが、法律で定められた給与、社会保険のほか、福利厚生を充実させることが多い。皆勤手当、食事手当、医療手当の拡充、健康診断、自動車購入や子女教育のためのローン制度、ユニフォーム支給などいろいろだ。能力に応じた現金給付をする場合もある。例えば、社内で日本語版のソフトウエアを利用している日系A社では、日本語クラスを週に1回程度開催している。「英語による解説マニュアルもあり、日本語ができない従業員でも通常業務に支障はないが、従業員に対し日本語習得を促している」という。初回の日本語検定受験費用は会社で負担し、検定に合格すると級に応じた手当を月給に上乗せする。

 

<定着率アップにつながる社内行事>

 福利厚生の一貫として、日系企業をはじめフィリピンで活動する多くの企業が社内行事を実施している。企業によって内容、頻度、規模は異なるが、ハロウィーンやクリスマスパーティー、スポーツ大会、遠足などが一般的だ。50人ほどの従業員を抱える日系企業の日本人取締役は「社内遠足時は、職場では見られない従業員の素顔が見える」と言い、社内行事は従業員とのコミュニケーションの円滑化に有効だという。従業員数が約300人の日系企業では、従業員が一致団結する社内行事をリーダーシップや従業員同士の信頼感醸成の場として捉え、「イベント実行委員会を組織し、その中に将来の幹部候補生を必ずメンバーとして加えている」と話す。「(会社を選ぶ際)給与よりも社内行事を重視する人もいる」という別の日系企業は、「従業員の定着率を高めるために(社内行事の実施は)非常に重要」だと指摘する。

 

(注)地域によって異なるが、マニラ首都圏の場合、法定最低賃金には「基本賃金」のほかに「COLA」と呼ばれる生活手当が含まれる。20166月改定の法定最低賃金は、基本賃金が481ペソ、COLA10ペソとなっている。COLAは、残業手当や13ヵ月目の給与などの計算には含まれない。

 

(田中麻理、関悠里)

(フィリピン)

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