EUのFTA交渉は民主的か、有識者らが議論-ベルギー・ワロン地域政府首相らの宣言が発端-

(EU、ベルギー)

ブリュッセル発

2017年02月10日

 EUの自由貿易協定(FTA)交渉が民主的に行われているかどうかをめぐって、有識者らの議論が起きている。ベルギー・ワロン地域政府のポール・マニェット首相らが、交渉における民主的な手続きの尊重を訴え、加盟国議会の一層の関与を求める宣言を発表したのがきっかけ。これに対して、既存の制度で民主的に統制されているとし、EUの交渉力維持の観点からも、加盟国の議会はEUレベルでなく自国内の合意形成に取り組むべきとする研究者グループの宣言も公表された。

<交渉プロセスの民主的手続き尊重など主張のナミュール宣言>

 発端になったのは、2016年12月5日にワロン地域政府のマニェット首相が、欧州・北米の研究者約40人と連名で発表したFTAに関する「ナミュール宣言」だ。10月に調印にこぎ着けたEUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)に、同地域政府はEU域内で最後まで反対していた(2016年10月31日記事参照)。

 

 マニェット首相はEU政治を専門とする政治学者でもあり、ワロン地域首都の名を冠したナミュール宣言にはベルギーのブリュッセル自由大学(注1)の研究者として署名。フランスの著名経済学者トマ・ピケティ氏や、欧州投資銀行(EIB)のフィリップ・メイスタット元総裁(ワロン地域出身)ら約40人の専門家も名を連ねている。

 

 同宣言は、(1)交渉プロセスにおける民主的な手続きの尊重、(2)既存の社会・医療・環境保護制度の尊重、(3)紛争解決における公益の保証、の3つの柱からなっており、貿易が「公益を犠牲にして私益を追求せず、人々の結束や気候変動対策、持続可能な開発に貢献する」ための「原則」を提案することを意図している。

 

 特に(1)の分野では、交渉分野がEUと加盟国双方の管轄分野にまたがる「混合協定」(2016年7月25日記事参照)について、欧州委員会にFTA交渉のマンデート(権限)を付与する際に、従来のEU閣僚理事会の承認に加えて、欧州議会や各加盟国の議会(さらに国会と同等の権限を持つ加盟国内の地域議会)でも審議を行うことを提案。また、欧州議会の承認が得られた段階で加盟国の承認を待たずに行う協定の「暫定適用」を避けるべきだと主張した。おおむね、加盟国や国内地域の議会の関与の強化を求める内容だ。

 

<「欧州議会の役割を骨抜きにする」という学者も>

 他方、これとは異なる学術レベルの動きが出てきた。1月25日に、EU通商政策を専門とするシンクタンク欧州国際政治経済研究所(ECIPE)のフレドリク・エリクソン所長ら欧州15ヵ国のEU法や国際通商法などの研究者約60人が「共同の貿易(Trading Together)宣言」を発表した。FTA交渉における効率的かつ民主的な意思決定プロセスの実現に必要な措置を見極めるには、「ナミュール宣言」よりも詳細な考察が必要だとし、現行制度の分析と提言を行った。

 

 同宣言は、通商に関する権限のEUレベルへの集約が、EUの対外交渉力と域内の政策調和の基盤となっていると分析。さらに、現行制度でも加盟国政府が閣僚理事会を通じて、FTA交渉の開始・交渉・締結の各段階で意思決定に関与している上、協定の批准にはEU市民が直接選挙で議員を選出する欧州議会の承認が必要となることを指摘し、民主的な統制が存在するとしている。

 

 その上で、加盟国や一部地域の議会の関与の強化はEUの意思決定プロセスを複雑化させ、対外的な影響力の低下を招く上、欧州議会の(民主的な)役割を骨抜きにする可能性があると批判。むしろ、EUが専権事項を有する分野の協定を混合協定から明確に区別し、それぞれに求められる署名・批准手続きを順守することや、加盟国や国内地域の議会はEUレベルでなく自国内の合意形成に積極的に関与することなどを提言した。

 

 同宣言の発起人の1人、ベルギーのルーバン・カトリック大学法学部のピエール・ダルジャン教授(注2)は、日刊紙「ラ・リーブル」(1月27日)のインタビューで、「EUの通商政策では秘密裏に物事が進められ、民主的な統制が欠如している、と人々に思い込ませようとすべきでない」と批判。英国のEU離脱(ブレグジット)にも触れつつ、「ナミュール宣言はEUの通商政策の解体を要求しているように解釈される恐れがある」と懸念を示した。

 

(注1、2)ブリュッセル自由大学とルーバン・カトリック大学には、それぞれフランス語系とフラマン語(オランダ語)系が存在し、マニェット首相とダルジャン教授はそれぞれの大学のフランス語系に所属している。

 

(三上建治、村岡有)

(EU、ベルギー)

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