米国のTPP離脱を受け、2国間FTAやRCEPへシフト

(マレーシア、米国)

クアラルンプール発

2017年02月03日

 トランプ米新政権が1月23日に環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの離脱を表明したことを受けて、マレーシア政府は今後、2国間自由貿易協定(FTA)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉・締結に力を入れていく方針だ。日系企業の受け止め方は冷静だが、TPP協定が市場アクセスの拡大だけでなく、マレーシア国内の規制緩和など後押しする意義もあっただけに、今後の展開に関心を示している。

<ムスタパMITI相が表明>

 ナジブ首相は1月21日、米国第45代大統領に就任したドナルド・トランプ氏に祝福のメッセージを送った。首相は「新大統領と仕事ができることを楽しみにしている」と述べ、「新大統領は、長らく無視されてきた『アメリカのために』という視点で演説していた」と就任演説への感想を伝えたとされる。

 

 通商政策を所管する国際貿易産業省(MITI)のムスタパ・モハメド大臣は21日に、「トランプ大統領の下、TPPは発効に失敗することになるだろうが、マレーシアはTPP加盟国と2国間FTAを締結することに力点を置く」と表明し、同時にアジアの広域FTAとなるRCEP、ASEAN経済共同体(AEC)のさらなる進展にも尽力するとした。

 

 23日にトランプ大統領がTPP離脱の大統領令に署名した後、ムスタパMITI相は「トランプ大統領は就任前から言及していたので、正式離脱表明は驚くに値しない」とした上で、「(離脱は)米国経済には良くない結果をもたらす可能性がある」と述べた。さらに、「新大統領はTPP加盟が雇用喪失と他の加盟国への資金流出を引き起こすというが、米国はこれまでFTAを締結してこなかった日本、ベトナム、マレーシア市場へのアクセスを手にするメリットもある」とした(「ニュー・ストレーツ・タイムズ」紙電子版1月24日)。

 

<産業界は市場アクセス拡大が見込めない点を懸念>

 製造業を代表するマレーシア製造業者連盟(FMM)は、マレーシアが今後もTPPに加盟することを望むとの声明を発表した。仮にTPP協定が発効しなかった場合は、TPP加盟国でマレーシアとのFTAがない米国、カナダ、メキシコ、ペルーとの2国間FTA締結交渉を行うべきだとし、さらに、優先順位が落ちているEUとのFTA交渉にも注力する必要があるとした。また、交渉中のRCEPについては2017年末までの交渉妥結に期待を寄せている。

 

 TPP協定が発効に至らない場合を見据えて、戦略を練り直す動きも出ている。マレーシアの戦略資源の1つであるパーム油について、マー・シウキョン・プランテーション産業・商品相は、マレーシアからTPP加盟国への輸出を、2014年の130億リンギ(約3,250億円、1リンギ=約25円)から2021年までに200億リンギに引き上げる目標は難しくなった、とした。市場アクセスの拡大よりも、より付加価値の高い商品を提供することに重点を置き、下流分野を強化するとともに、環境に配慮して生産したことを示すマレーシア独自の認証「マレーシアの持続可能なパーム油(MSPO)」を全てのパーム油生産者が取得できるように支援していく方針だ。

 

 マレーシアの主力輸出品の電気・電子製品(E&E)に米国のTPP離脱が与える影響について、マレーシア・米国商工会議所傘下のマレーシア米国電子産業(MAEI)のウォン・シューハイ委員長は、現時点では何とも言えず待ちの姿勢としつつ、「TPPはマレーシアの市場アクセスを拡大するもので、この点では、(米国の離脱は)市場拡大の機会に(マイナスの)影響を与え得る」と指摘した。

 

<日系企業の受け止め方は冷静>

 在マレーシア日系企業は、米国のTPP離脱の動きを比較的冷静に受け止めているようだ。大統領選挙戦の過程である程度想定できていたことや、もともとASEAN諸国や日本と貿易を行う企業が多く、既存のFTAで特恵税率を享受できていることが理由に挙げられる。加えて、これらのFTAは発効から時間が経過しており、関税削減・撤廃がTPPより進んでいるため、アジアに広範なサプライチェーンを持つ日系大手電機メーカーからは中国、インドを含むRCEPへの関心、大手物流企業からはAECの動向を注視しているとの声が聞かれた。

 

 2016年1~3月にジェトロとマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)が、日系企業を対象に共同実施したアンケートでTPPに対する関心を聞いたところ、回答企業136社のうち「活用する」は6.6%にとどまった。ただし、「活用を検討する」も37.5%あり、実際にTPPが発効した場合には活用に踏み切る企業も一定数あったとみられる。

 

 12月にジェトロが発表した「2016年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」では、TPPが発効した場合に影響があると回答した在マレーシア日系企業53社のうち、62.3%が「現拠点からの輸出増」、34.0%が「現拠点での生産増」などと回答、輸出および生産面でのメリットが期待されていた(図参照)。

 

 また、ある日系大手小売業は、サービス業に投資面で各種規制がある中、TPPは将来の自由化に向けた契機となると期待感を示していた。

図 TPP協定が発効した場合に考えられる具体的な影響(マレーシア進出日系企業の回答、複数回答可)

(新田浩之)

(マレーシア、米国)

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